アリバイ

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「あんなに自由な行列をさせる店なのですよ? 縄跳びをしていたり、カードゲームをしていたり。ネオンがチカチカ光る矢印の看板の裏にタブレットを貼っても、誰かがまた遊んでいるな、ぐらいの印象でしかないでしょう。それを知り尽くしている人間だからこそ、できる芸当です」 「う……」  どう反論していいか分からないのだろう、有川は唇を噛みながら目を泳がせている。ここは畳み掛ける絶好のチャンスだ。同じことを思ったらしい三國が半歩前へ出て口を開きかけた時――松樹がすっと手を出してそれを制した。 「……でも、有川さんは変わってませんね」  松樹はふっと優しい表情を浮かべて、そう語りかけた。 「……何がだよ」 「その気になれば、友永さんにアリバイを証言してもらうことぐらい頼めたはずです。それぐらいの仲だったじゃないですか」  有川が唇をきゅっと結んで、松樹を見据える。 「でも、しなかった。辞めてもなお慕ってくれる彼をそこまで利用することは良心が許さなかった。でも、しなくちゃいけないことがあった」  もう最初に会った時のような勢いは、今の有川にはなかった。  言うべきか言わざるべきか。その目に浮かんでいるのは逡巡する心だ。今は追い詰めるよりも優しく諭し、相手から言わせるのが妥当だと踏んだのだろう。  その道筋を作った松樹が、次を言うよう杉元に目線を送ってきた。物腰の柔らかい自分の口調なら大丈夫だという判断のようだ。三國もそれに気づいて半歩下がる。 「有川さん。本当のことを教えてください。正直なところ、その体調では西谷さんに危害を加えるどころか、会うこともままならなかったのではないかと考えております。発水のミニラーメンすら食べきれないその体では」  その糸目で見つめてくる杉元の視線に耐えられなくなったのか、有川は俯いた。 「つまり他に犯人がいるのか、それとも偶発的な出来事なのではないでしょうか。今の有川さんに必要なのは助けだと思っております。僕たちには有川さんを助けることのできる力があります。そのためには……何があったのか、その真実を知る必要があるのです」杉元はそこで一旦区切り、ゆっくりと深呼吸して告げた。「何があったのか、教えてくださいませんか」  有川は俯いたまま、返事をしようとしなかった。
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