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体を小刻みに震わせている。小さな嗚咽が聞こえてきた。ぽつぽつと玄関に涙が落ちていく。しばらく経った後、顔を上げた彼女の目には涙が溢れていた。
「……今日は、帰ってくれ……」
ここで押すのは得策ではない。どのみち、どこへ行くこともできないだろう。三國が頷く。
「かしこまりました。また明日にでもお伺いさせていただきます。それまでの間にもしも――」
「何かあったら、名刺んとこに電話する」
「お願いいたします」
そうして部屋を出た三人は、ゆっくりとドアを閉め鍵のかかる音を背に階段を下りて、公用車に乗り込んだ。
三國が運転席に座り、杉元は助手席のドアを開ける。だが、松樹は心配そうに部屋のドアを見上げたまま、後部座席へ乗り込もうとしなかった。
本人も言っていたが、同じように趣味を仕事にして頑張ってきた仲間という意識が強かった相手なのだ。複雑な感情が渦巻いているのは、傍目からも明らかに見てとれた。
「松樹さん。いったん戻りましょう。走り出さないと有川さんも不審がるはずです」
「うん。だけど……」
後ろ髪を引かれるような顔で松樹が後部座席のドアを開けた時だった。バタンという物の倒れる音とともに、アパートがきしんだのだ。
杉元と松樹が目を見合わせる。次の瞬間には、三國が運転席から飛び出して階段を駆け上っていた。二人も後に続く。
「おい、有川! 有川、どうした!?」
ドアを叩きながらドアノブを回すも、鍵がかかっていて開かない。
杉元は辺りを見回し、階段の手すりに上って部屋の窓枠を掴んで窓ガラスを引っ張った。開かなかったものの、中の様子だけは分かった。
「いけません! 血が!」杉元が肘で窓ガラスを叩き割ろうとするも、バランスを崩してうまく割れない。「松樹さん! 救急車を!」
「どいてろ!」
三國はスマホを手にした松樹を横にどけると、右足のかかとでドアノブの下を思い切り蹴りつけた。三度目にしてようやくベニヤが割れ、三國が唸りながらドアノブをねじ取ると、ドアを剥がすようにして中へと飛び込んだ。
杉元も手すりから下りて部屋に入る。
そこには、ゴミでできた盆地の中で倒れている有川の姿があった。スゥエットは血でまみれており、腰のあたりに血溜まりもできていた。近くに包丁が落ちている。それで手首を切ったようだった。
まだ意識はあるらしく、涙を流しながら三國を見つめている。
「傷口はどこですか?」
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