アリバイ

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「左だ」  三國が有川の左腕を持ち上げると、杉元は外したネクタイでその二の腕を縛った。 「三分ぐらいで来るって! 下で誘導してるわね!」 「これ使って車どかしといてくれ!」  三國の投げた鍵を受け取り、松樹が階段を降りていく。 「おい、大丈夫か!」  有川がうっすらと瞼を閉じかけたのを見て、三國が声をかける。すると、溜まっていた涙が真っ青になった頬を伝ってまた流れた。小さく口を開けて喋ったが、言葉になっていない。 「何だ?」 「あ……あたしは」息が漏れるような、かすかな声で彼女は囁いた。「……やって、ない……」  その瞼が閉じる。 「おい、起きろ! 死ぬんじゃねえ!」  杉元は有川の口元に耳を当てた。 「大丈夫です。弱いですが呼吸はありますので」  三國は明らかに苛ついていた。有川の左腕を持ちながら、その涙を指で拭ってやる。 「くそっ。早く来ねえか……確か近くに救急病院があったよな? 公用車で送るわけにゃ……」 「いえ、この状況で下手に動かせばそれこそ危険です。それに向こうの受け入れ体制も分かりません。健次郎、待ちましょう。すぐに来ますから」 「ああ……」  それから数分ほどして、救急車のサイレンが聞こえてきた。徐々に近づいてくるのが分かり、三國がこっちだと叫ぶ。階下から松樹の誘導する声も聞こえてきた。 「来たぞ。助かるからな!」  三國は有川の頬を優しく撫でて、そう声をかけた。  看護師や清掃スタッフに混じって警察官の姿もちらほらと見える警察病院の病棟、その廊下を、杉元と松樹は両手にレジ袋を下げて歩いていた。向かっているのは、一番奥の病室で――有川優と書かれたプレートのある個人病室に入ると、スーツを来た男の背中が見えた。三國だった。 「悪かったな。頼んじまって」  二人の足音に気づいた三國がパイプ椅子から立ち上がる。 「いいのですよ。……それより、気が付かれたようですね」 「ああ」  六畳ほどの病室にはやや大きめのベッドが置かれており、そこには薄いピンク色の患者服を着た有川が横たわっていた。右腕には輸血のルートが通っており、泣きはらしたように真っ赤になった目で二人をぼんやりと見つめている。
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