アリバイ

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 杉元は右手に持っていた花を三國に渡してサイドボードに置いてもらい、左手のレジ袋にあったティッシュやタオル、歯ブラシなどのアメニティグッズを、松樹が持っていた袋と一緒に、サイドボードの下にある棚に入れた。  そして最後に、松樹が背負っていたリュックから小さなデジカメを取り出して、有川の布団の上に置く。 「有川さん。先生の話だと明日には退院できるかもって言ってました。でも念のため、下着とかも買ってきたので使ってください。サイズは私と同じぐらいだから、多分合ってると思います」 「あんたら……」有川が眉尻を下げて松樹を見やる。 「電話では容体が安定したと聞いていましたが、先生は何とおっしゃっていたのですか?」杉元が聞いた。 「ああ。思ったより傷は深かったらしくてな。神経を傷つけた可能性もあるとよ。だが今んとこは問題ないし、輸血もしてるから大丈夫だそうだ。早けりゃ明日退院だな」三國が有川を横目にそう答える。 「なるほど。それでも、焦らずゆっくり静養が必要ですね。それで……」 「ああ、話してくれたよ。二人には言ってもいいよな?」  三國が振り向くと、有川は悲しそうに小さく頷いた。  救急車で運ばれ手首の縫合手術を受け、一通りの処置が終わってこの病室へ運ばれてきたあたりで目を覚ましたという。意識ははっきりしており、事情はすぐに理解したそうだ。  そこで有川はぽつりぽつりと話し始めた。調理師免許を取ってから二十三歳で店を持つまで、様々なラーメン店で修行をしたという。しかし、下積みの期間は苦痛の連続で、女という理由だけでフロアを担当させられたり、食材にすら触らせてもらえず、鬱憤は溜まる一方だった。  早く店を持ちたい。そして有川は行動に出た。店から信頼されている先輩たちしか知らないレシピを盗み出し、自分のものにしたのだ。しかし、作り方が分かったからと言って本物の味が出せるわけもない。そこから独自に研究を重ね、改良に次ぐ改良を経て自分の作品を完成させた。  そして借金をし、満を持して自分の店を出したのだ。 「あんた、がっかりしただろうね。あれだけあたしのこと褒めてくれて、ブログにも書いてくれてたのにさ」  涙の溜まった目を点滴のされていない右手でこすりながら有川が見上げる。松樹は言葉を選ぶように一拍置いてから口を開いた。
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