アリバイ

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「……一概には言えません。味は盗むものだと言いますし、みなさんそうやって腕を上げてきたのは取材を通して聞いてきましたから。でも、レシピそのものを盗むのは……どうかと思いますけど」 「そうだよな。だから、こんな目に遭ったんだ」  そう呟くと、また有川は肩を震わせて泣き始めた。喋ろうにも言葉にならない彼女の肩をさすりながら、三國が話を続ける。  西谷が自分の店にやってきたのは開店直後のことだった。元々ラーメン屋の経営者であり、自分の知らないノウハウを教えてもらったこともあって、かなりの信頼を寄せた。  一緒に店を盛り立てていきましょうと言われ一緒に一年ほど店を続けた頃、すぐ近くにほとんど同じ味を出す店が出来て、値段の安さと店の広さ、メニューの多さから次々と客を奪われてしまい、それでも何とか営業を続けていたが食材を買えなくなって――廃業した。  しかし、これには続きがあった。  また一から出直そうと修行を兼ねてラーメン屋で働きだしたある日。西谷から声をかけられたのだ。 「レシピを売らないか、って話だったらしい」 「レシピ? ラーメンのですか?」 「ああ」三國が頷き、松樹を振り向く。「そのレシピは数十万から数百万で売られるらしい。聞いたことあるか?」 「噂レベルだけどね」松樹が頷いたのを見て、杉元が唸った。「ちょっと待ってください。この前、本屋で『有名店のレシピ』という本を見かけましたよ。二千円ぐらいで少し高めでしたが、そんなものが数百万になるのですか?」 「違うのよ。実際にそこの店主が明かしたとか、味から推測したみたいな本はたくさんあるけど、そうじゃなくて、私が聞いたのは――野菜の産地や農家、香辛料から隠し味、具の仕込み方から何から全部が書かれた、レシピっていうよりはマニュアルに近いものの話なの。開店レシピとも言ってたわね。それなら、お金を出す人がいてもおかしくないでしょ?」  何となく理解はできるが、まだ納得はできない。
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