アリバイ

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「あたしだってバカじゃない。買い手の話も聞いてて特定できたんだ。そしたら、もう開業の準備を始めてた。あいつが売ったレシピで……」 「それで西谷さんの部屋へ行ったのですね?」 「そうだよ」  自分の店で雇った時に提出された履歴書の住所はダミーで諦めかけたが、未払い賃金の精算についてやりとりしていた時に聞いていた書類の送付先を思い出し、あのアパートを見つけて手紙を入れた。だが反応はなかった。そして一週間ほど張り込んで、ようやく西谷と接触することができたのだという。  しかし西谷はのらりくらりと話をごまかし続けたため、有川もレシピ盗みの件をバラすと脅して、交渉は継続となった。  そうして迎えた三回目の交渉が、一昨日――月曜日の昼だった。 「発水に行こうと思ったのは偶然だった。もうすぐナガに給料払えるって思ったら、あいつの顔が見たくなって……そしたら並び初めてすぐに西谷からメッセージが来たんだ。三時に会う予定だったのに、今すぐ来い、カタをつけてやるって。日暮里にある何とかって和菓子屋に来いって言われた」 「和洋菓子本舗だな?」三國が聞くと、有川は思い出したように頷いた。「そんな名前だったと思う。あいつ、ラーメンの次は菓子屋の開店レシピを売るって言ってたから、流行ってる店の調査でもしてたんだろ」 「それで会いに行ったんだな?」 「ああ」三國の問いに、有川はゆっくりと首肯した。「ムカついたんだ。払う気なんてないってメッセージだった。もう我慢できなかったんだ。だから……殺そうと思った」 「それでアリバイが残るようにして抜けたんだな?」 「ナガに片棒担がせる気はなかったんだ。誰かがあたしの顔を覚えてりゃいいって思って……タブレットをああしておけば、誰か勘違いしてくれるだろって」  少し喋りすぎたのか、有川は苦しそうに呼吸を荒くさせて言葉を切った。続けようとするのを三國が制する。ゆっくり深呼吸した後、有川は少しトーンを下げて続けた。 「あの菓子屋に行ったらいなかったんだ。また騙されたと思って、少し回りを歩いてみたら――喧嘩みたいな声が聞こえた」  松樹があっと声を上げる。 「私が見た髪の長い女の人って、有川さんだったんだ」 「あんた、あの時いたのか?」 「私も偶然、近くにいたんです。喧嘩するような声を聞いて覗いてみたら、男の人が倒れてて。その時に有川さんを見たんですね」
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