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ふうとため息をついた杉元はしばらくぶつぶつと文句を呟いていたものの、このままでは悪戯に帰る時間を延ばすだけだと思い直し、次に横山襲来の暁には倍返ししてやろうとぼんやり考えながら、置いていかれた厚さ二センチの資料をデジタルデータ化する作業に着手した。
と言っても、ただひたすらキーボードを打つような愚かな真似はしない。つい最近導入された複合機でまずは全ての資料をスキャンし取り込んだ上で、OCRを使ってテキストデータ化させ、チェックする手法を採った。
我ながら手慣れてしまったと嘆きつつ、元の文書と付け合わせて誤字脱字を機械的に直しながら、また大きくため息をつく。
そもそも自分の所属は交通課の規制係なのだ。
そう、自分は交通課で内勤をしている。ふと昔を思い出してしまった。当初配属されたのは地域課だったのだが、そこで問題を起こしてしまったために内勤へと回されたのだ。
確かに悔しかった。だが、そんなことで警察を辞めるわけにはいかないと腹をくくり、内勤のエキスパートになろうと努力した。業務の効率化を図るためには道具をうまく使いこなせないといけない。それまで学校でしか使ったことのないパソコンを購入し、独学で勉強し、暇があれば触っているうちに――気づけば簡単なプログラムを組み、業界関係者の話が理解できる程度までに習熟していた。
そうして杉元は、署内のパソコン便利屋としての地位を確立してしまった。業者やサイバー犯罪対策課などのプロに頼むまでもない困り事は、杉元がほとんど一手に引き受けるような状況になっていたのだ。
「お、いたいた」
三十分が経ち、ようやく作業を終えたファイルを横山にメールで送りつけた時。
またしても背後から声をかけられ、杉元が恐る恐る振り返る。だが、彼はほっと安堵するように穏やかな笑顔を浮かべた。
「健次郎でしたか。驚かせないでください」
そこにいたのは、中学校からの幼なじみである、三國健次郎だった。
「そりゃ悪かったな。何だか真剣にやってたみたいだからよ。それより、いたならメール見てくれよな? お陰で探しまくったじゃねえか」
こざっぱりと刈り上げて尖らせた頭を掻きながら、三國は白い歯を見せてそう笑った。
グレーのスーツを着た上からでも分かる筋肉質な体型と焼けた肌が、どこからどう見ても体育会系のスポーツマンであることを物語っている。
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