アリバイ

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「盗るとこも映ってるんじゃ、作りもんの映像じゃないだろうな。確かにあんたが殺したわけじゃなさそうだ。だが……どうして正直に言わなかったんだ? そうすりゃ……」  三國の視線が有川の手首に向けられる。それを見て、有川は悔しそうに唇を結んだ。 「それは無理よ」松樹がため息とともに三國を見上げる。「説明するにはレシピを盗んだこと言わないといけないでしょ。もし報道でもされて事が公になったら、それこそ全ておしまいじゃない。やり直すチャンスが失われるのよ?」 「……でも、もう遅いけどな」有川が自嘲気味に笑う。「だって……最低だろ? ……お世話になった店から盗んだレシピで店を開いて、それを潰して。また同じようなことしようとして、あいつの片棒担いじまったんだ。それにあいつは殺されちまった。他に犯人がいなけりゃ、あたしが犯人になるんだろ? 金さえ入りゃって思ってたけど……もうこれで終わりだよな」  挫折に次ぐ挫折は気力を蝕んでいく。それは杉元も嫌というほど味わったことがあった。しかし、立ち上がるための手足は依然としてあるのだ。  同じことを考えていたのだろう。有川の側に寄ると、三國は諭すような口調で語りかけた。 「レシピ盗難の件は民事だ。財布を盗んだことも、本人が死んじまったら分からん。それも返せば、今んところ、あんたは犯罪者ってわけじゃない。今からでも関係者全員に詫びを入れればいい。いくらでもやり直せる。違うか?」  真剣な三國に見つめられ、有川は一瞬ためらったように息を飲んだが、それでも首を横に振った。 「もう遅いんだよ。店を辞めてから酒ばっか飲んで肝臓もいかれちまったし……もう、歩くだけで精一杯なんだ。どうせそのうち野垂れ死んでたんだ。早いか遅いかだけだったんだよ」そう言ってふっと笑うと、有川は俯いた。「あんたたちが助けなきゃ、こんな恥さらさねえで死ねたのに」  その言葉に、杉元と松樹は思わず目を見合わせてしまった。三國はそんな言葉を吐いた彼女を無言のまま睨みつけている。 「今はお辛いと思います。ですが、今すぐやり直す必要はないのではないでしょうか。まずはゆっくりと体を治して、その上で考えていけばいいと思います。静養するチャンスをもらった、そんな軽い気持ちで……」
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