アリバイ

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「軽い気持ちで何ができるんだ? あたしはラーメンしか作れねえんだよ」顔を上げた有川は、まだ迷いのある目で笑った。「そのラーメンでやらかした。もう戻れねえ。高校中退の女に何ができる? 体売ろうにもこんなガリガリじゃ誰も買わねえ。もう死ぬしかねえんだよ」 「そんな……」  さすがの松樹もかける言葉が思いつかないのだろう、有川の肩を優しく触れるしかできないようだった。 「やれることはあるはずです。それを考える時間ができたと思えば……」 「無一文でか? ここの入院費も出せねえ。帰ったって家賃すら払ってねえんだ。だからもう――」 「んじゃ、死んじまえよ」  有川の言葉を遮って、三國が冷たく言い放つ。 「な……何だよ」 「所詮そこまでのヤツだったってこった。何回失敗しても這い上がってくる根性ある女かと思ってたけどな。ただのクズだったらしい」 「ちょっと! 何も今そんなこと言わなくたっていいじゃない!」  その単語に反応した松樹を、三國が横目に睨む。 「あんたは黙ってな。別に公務員だからって文句言っちゃいけねえルールもねえだろ? まあいい。どうせ容疑は晴れたんだ。俺が関わるのはここまで。最後の挨拶ってとこだな」  三國は有川を見つめ続ける。 「ここの費用は公費じゃ出ない。だが、これも腐れ縁だ。俺が払う。退院したら、どこへでも行って野垂れ死ねよ。お前のラーメンを食いたいって人たちを裏切って、な」  そう告げて、三國は布団の上に置いてあったデジカメを拾った。 「これはしばらく貸してもらう。万が一、返して欲しかったら……連絡を寄越すことだ。それじゃな」  そして三國は病室を後にした。  残された二人が立ち尽くす中、有川は彼が消えていったドアをしばらく見つめていたが――次第に目を潤ませたかと思うと、嗚咽を上げながら泣き始めた。  松樹がベッドに腰掛けながら、その肩を抱きしめる。 「有川さん。彼の暴言を許してやってください」  パイプ椅子に腰を下ろした杉元が話し始める。 「彼も、有川さんと同じような境遇だったのです。生まれてすぐに両親が蒸発して孤児として育ち、一度……いえ、二度ほど道を間違えて死ぬところでした。それでもこうして、警察として街の治安を守る人間になろうと立ち直ったのです。自分の過去を有川さんに重ねてしまったのだと思います。だからこそ、素直に言えなかった……どうか、ご容赦ください」
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