アリバイ

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 泣き続けているその顔は、ただ悲しいだけではなく悔しそうな表情に見えた。 「ひ……一人にさせて……くれ……」  絞りだすような有川の声を受けて、杉元が立ち上がる。 「大丈夫ですか?」  松樹が声をかけるも、有川は泣きながらうんうんと頷く。 「有川さん。また来ますね」  二人は病室を後にした。二人は無言のまま通路を歩いて行くと、エレベーターに乗って一階のエントランスに下り、そのまま病院を出た。  三國からメールで先に署へ帰っていると連絡があったため、杉元は自分の車に松樹を乗せると、署に向けて走らせた。 「これからどうなるの?」  夕暮れが近づいてきた冬の東京をひた走る中、先に口を開いたのは松樹だった。 「三國からのメールでは、有川のさんの供述を受けて、西谷さんは他で起きている連続通り魔事件の一被害者として扱われることになりました。捜査本部の管轄になったそうです。映像に出ていたアフロの男性が事情を知っているものと見て、行方を追うことになったとか」  松樹がじっと見つめてくる。 「……それって、遠回しに私にはもう来ないでって言ってる?」 「そういう意味ではありませんが、同じことになりますね。三國は捜査本部に加わるので、お手伝いだった僕が外れることになりましたから」 「え? だって、人手が足りないから手伝ってたんじゃないの?」 「捜査本部に人が取られて人手が足りなかったのですよ」 「なるほどね。……ってことは、私はもう一緒に行けないってことだ?」 「はい。後は他の事件記者さんたちと同じように、記者会見に出たりぶら下がりをしたり――独自に進めていただくことになります」  食い下がってくるかと思ったが、松樹の表情はあまり変わらなかった。  諦めたのかと思っていると、彼女は運転する杉元の顔をしばらく見つめた後、ゆっくりと口を開く。 「それで、いいの?」  言葉の意味は分かっている。だが、あえて返事はしなかった。 「そもそもさ、交通課の人で事故とか関係ないのに捜査してるってのは、人手が足りないとかじゃなくて、何か理由があるからなんでしょ?」 「それは……特にありません」 「ならどうして、一番仲良さそうな三國さんとつるんでるわけ? それにさ、あの人もあんたにアドバイス求める感じの目つきしてたりして……ホントは刑事なんだけど、何かやらかして交通課にいるとかじゃないの?」
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