アリバイ

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 何て鋭いのだろう。その動揺が伝わったのか、松樹はさらに身を乗り出すようにして杉元の顔を覗き込んだ。 「名誉挽回のチャンスじゃないの? なのにさ、これでホントにいいの?」  なんて分かりやすい煽りだろうと、杉元は思わず苦笑いしてしまった。 「それはもちろんです。後は捜査本部の優秀な刑事たちが、デジカメの映像を頼りにアフロの男性を突き止めるのですから。西谷さん殺害が連続通り魔事件の一環だとしたら、他の事件も含めた手がかりが増えて捜査も加速することでしょう。それに警察は組織で動いております。僕はその組織のルールに則って元の交通課に戻るだけですから」  ――本当にそれでいいの? 今度は松樹が無言で訴えかけてくる。  まるで見透かされているようだった。それでいいわけじゃない。だが、決定してしまったことなのだ。もう交通課の課長が口を挟める状況ではない。  組織の一員として割り切るつもりではあったが、それでも杉元は一抹の寂しさを感じていた。これが、生まれて初めて最初から関わることのできた事件なのだ。 「――本当に署の前でいいのですか? 駅まで送ることも可能ですが」 「いいわよ。歩きながら色々考えたいし。ねえ、これからちょくちょく連絡してもいいんでしょ?」  捜査協力を続けさせろとまた言ってこないか身構えていた杉元だったが、そうではない松樹の言葉に彼は安堵のため息をついた。 「ええ、構いませんが……ですが、捜査本部の情報は僕の耳には入らないでしょうし、伝えられることは、記者発表に毛が生えた程度のことしかないと思います。それでもよろしければ」 「ま、しょうがないわよね。でも、警察の知り合いがいるって心強いじゃない? 私も日暮里周辺を拠点にしてるし」  そういうものかと思いながら、杉元はたどり着いた荒川中央警察署の駐車場に車を停めた。もう陽はかろうじてその頭が出ている程度であり、はるか上空から濃い闇が空にグラデーションをかけて夜を演出し始めている。  後部座席から松樹のキャリーバッグを下ろしていると、セダンの公用車が隣に停車した。  車から降りてきたのは、横山だった。芝居がかったように茶色のトレンチコートと剣山みたいな薄い頭髪をなびかせながら、その目が杉元を捉える。 「ヤマさん、お疲れ様です」
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