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「よー、杉元。ちょうど良かった。後で例の動画ってのを俺の携帯にも入れといてくんねえか。……うん? そっちは?」
松樹を見やる。
「ヤマさんから引き継いだ、例の日暮里の目撃者の方ですよ。松樹さんと言います」
紹介された松樹がじっと横山を見つめている。その表情が険しいのは、自分を監察医務院へ呼び出しておいて置き去りにしたことの恨みからだろうか。
「ああ、あん時のか。そりゃ失礼。そうだそうだ。お前らが見つけてくれた和菓子屋――和洋菓子本舗だったっけか? その場所も教えてくれねえか?」
「ええ、構いませんが……どうかされたのですか?」
「俺の担当した被害者が殴られる前のことを思い出してよ。そこで食った後だったらしい。一応聞き込みに行こうかと思ってな」
「なるほど」
杉元は自分のスマホにメモしておいた、和洋菓子本舗の住所と電話番号を横山の手帳に書いてやる。
「助かったよ。書類もあんがとな。それじゃ」
あの感じだと、もう捜査は終わりにして帰るところなのだろう。鼻歌を歌いながら署へ向かっていくその後ろ姿を眺めていると、隣の松樹がスーツの袖を引っ張っていることに気づいた。
「どうかされましたか?」
「どうかされましたか? じゃないでしょ。聞いてなかったの? 同じ和洋菓子本舗で食べた人がやられてるのよ? 偶然なはずないじゃない」
ああ、そういうことか。杉元は苦笑いしながら車のドアを閉めて、松樹にキャリーバッグを引き渡した。
「偶然ですよ」
「は? どうしてよ」
「そこそこ人気のあるお店ですし、行っていても不思議はないと思いませんか?」
「それにしたって――」
「映画やドラマと違って、この世は偶然が多いのです。物語のように決まった展開の中で動いている中の線と線がが混じり合えば、意味のある点になると思いますが、何千人、何万人という現実の人物たちの行動がぶつかるということは、偶然でも何でもなく、ごく普通に起きている出来事なのですよ」
「……そういうもんなの?」
「一般の方と違って、大多数の方を相手に仕事をしていると、よくあることですよ。交通事故で揉めてた双方が実は生き別れの兄弟だったりとか」
松樹に向けているわけではなく、それは杉元が自分自身に言い聞かせている言葉だった。もう捜査に参加することはない。未練を断ち切らなければならないのだ。
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