アリバイ

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「今回は本当にありがとうございました。松樹さんのおかげで捜査が進み、近いうちに犯人も逮捕されると思います。改めて……」杉元が深く頭を下げる。「ご協力、ありがとうございました」 「うー……」  松樹が唸る。しかし、杉元は笑顔を絶やさない。 「僕はそろそろ報告をしに戻りますので。それでは失礼します」  何か言いたげな松樹に背を向けると、杉元は署に向かって歩き出した。 「……また来るわ」  良かった。諦めてくれたらしい。  ガラガラという音が聞こえてこないところを見ると、松樹は気持ちの整理でもしているのだろう。杉元はそれ以上を考えないようにして署の中へと入った。向かったのは二階の刑事課ではなく、自分が所属する交通課だった。  誰もいない島を眺めて、ため息をつく。  どちらにも属しきれない半端者なのだという気持ちが湧き上がってきて、杉元を混乱させた。  メールをチェックして急ぎの仕事がないことを確認すると、「お疲れ様でした」と交通課のプレートにそう声をかけた杉元は、リュックを手に署を後にした。  すっかり夜になった中を駐車場へ向かって歩く。松樹の姿はなかった。自分の車に乗り込んで、明治通りへと出る。行き交う車のヘッドライトと街の明かりが、どことなくスクリーンの中に映っているような、現実感のない景色に思えた。  もういいだろう。復帰は諦めたと宣言して交通課に骨を埋めてみようか。そのほうが余計なことで頭を悩ませずに仕事へ取り組めるというものだ。  しかし――と、待ったをかける声が心の奥底から聞こえてくる。  もう好きにしてくれ、と杉元は独りごちた。
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