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隠されていた事件
それは異様な光景だった。
朝、出勤してみると、交通課の島に見慣れない背の小さな女が、見たことのないにこやかな笑顔で課長や職員たちにお菓子を渡していたからだ。
先を白いリボンで結った長い黒髪はここ数日で嫌というほど目にした覚えがある。
「ま……松樹さん? 何をされているのですか?」
その声に、全員が振り返った。
「あら、おはようございます。新一さん」
そう返事した松樹の口調は明らかに変わっていた。それに下の名前を呼ばれている。白いスカートに薄いグレーのパーカーというラフなスタイルが、近所の気さくな女性を思わせた。
「ああ、杉元くん。おはよう」髭をたくわえたナイスミドル風の課長が、機嫌良さそうに手を上げて挨拶してくる。「いや、事件の目撃者がまさか君の遠縁の人だったとは知らなかったよ。いつもお世話になってるからってお土産までもらっちゃって。悪いねえ」
それで充分だった。杉元は思わず唸りながら、その糸目で松樹を見据える。
「はとこの松樹さん。ちょっと来てもらっていいですか? いいですね?」
「あー……はいはい」
杉元はバツの悪そうな顔をした松樹の手を引っ張って署の外へと連れて行った。立ち番の警官がニヤつかせた目で二人を眺めている。
「どういうつもりですか。また来るわ、って言っていたではありませんか。それが翌朝なんて……」
「私の『また』は『すぐ』って意味なの。あれしきで引き下がる私じゃないわ。ねえ、ちょっと思いついたのよ。だから、それを確認したくて」
「……何をですか」
「いいから、全被害者の行動を教えて。事件当日の。知らないなら見てくるか何かしてよ」
「もしかして、それを聞き出すために僕の遠縁だと偽ったのではないでしょうね?」
すると、松樹がニヤリと笑った。
「……課長さんがね、私とあなたは似てるって言ってたわよ。お母さんに目元が似てるとか」
「全く……!」
言葉にならずため息をつく杉元。
「でも、さすがに事件のことまでは教えてくれなかったわ。そこらへんはしっかりしてるのね。ま、元々そんなに知らないらしいけど。ほら、早く。二階の刑事課に行けば誰か教えてくれるんでしょ?」
「ち、ちょっと!」
松樹に背中を押される形で署内に戻った杉元。
一体何に気づいたというのか。課長にウインクしながら、勝手に二階へと階段を昇っていく松樹の後をついて、杉元も仕方なく刑事課へと向かった。
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