隠されていた事件

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「ええと……」杉元が資料をめくっていく。「重症の男性は英会話のテキストですね。日暮里駅前の英会話教室でレッスンを受けた後にお店へと寄って、そのまま帰りに襲われたそうです。携帯が壊れてすぐに通報できなかったとか。あと、奪われたわけではないのですが――意識不明の女性が倒れていた近くに、その方のものと思しきスマホがガラスを割られた状態で発見されたとも書かれていますね」 「じゃあ強盗説もなくなるじゃない」 「英会話のテキストが高価なものに見えたり、スマホも奪ったものの使えずに捨てた可能性も捨て切れません。そもそも路上で人を襲う程度の通り魔強盗ですから、そこまで深くは考えていないと思います」 「だとしても、西谷って人のはお財布にお金まで残ってたのよ。有川さんが持ち逃げしたでしょ?」 「……確かにそうでした。すると、残るは――スリルを味わうための行動でしょうか」 「それも違うはず。憂さ晴らしで襲うんだったら、場所は変えるでしょ。近くで続けたら警戒されて捕まることぐらいバカでも分かるじゃない。絶対違うわ」  二人はベンチに座ったままそろって腕組みをすると、ハモるように唸りだした。  この事件は動機が分かれば犯人が特定できる気がする。だが、何の目的で次々と人を襲うのか全く想像がつかなかった。  こういう時は普遍的な考えに立ち戻ってみると気づくことがある。人は何を目的として襲うのか。  まずは金品。しかし、金を奪っていなかったり安物しか持って行かなかったりして、その可能性は低い。性的な乱暴。だが、被害者の性別は男女入り混じっているため、それも却下できるだろう。  恨みを持っているとしたら。だが、被害者はバラバラで共通点が見当たらない。あるとすれば店で食べたことぐらいだ。 「うーん……」  そうして推理は終わった。 「ねえ。だったらさ、行ってみない? そうすれば分かると思うのよ。現場百ぺんって言葉があるんでしょ? お店はもう開いてるはずだから」  刑事課の壁にかけられた古い時計は十一時を指していた。やはりそうくるだろうなと予想していた杉元は、糸目をさらに細めて首を横に振った。 「そうはいきません。もう捜査は本部の管轄になったと申し上げたはずです。この件は三國に伝えておきま――ぐえっ」  立ち上がりかけた杉元のネクタイを松樹が引っ張る。
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