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「またヤマさんに頼み事をされましてね。でも、もう終わりましたから帰れますよ。今日はうちで食べていってもらえるのですよね? 父さんの土産話に付き合ってやってください。……それと、話題逸らしも」
「お。ってことは、おじさん帰ってきたのか。今回はベトナムだったよな。メールで俺に愚痴ってきてたぞ。水がまずい、メシは味が濃くて辛いし量も多い、ビールがうまくないってな」
「どの口が言うのでしょうね。いつも泥水みたいなコーヒーを飲んで、注文するのは大盛りばかり、何でも醤油をかけるくせに」
「それはお前も同じだろ? カロリーがとれりゃ何でもいいって言うヤツのセリフじゃねえな」
「一つを除けば、確かにそうかも知れませんが」
「確かにアレだけは、な」
二人、顔を見合わせて笑う。
「もちろん、おじさんにゃ顔見せに行く。だが、行くにしてもちょっとだけ遅くなるんだけどな。俺も、お前も」
「……また頼みごとですか? 僕はもう帰ると決めたのですよ……んん?」
ノートパソコンを畳んでリュックを手に立ち上がった杉元が、その体を強ばらせる。
その視線は、三國の右手に下げられている紙袋へ釘付けになっていた。男が持つにはいささか小さくて可愛いサイズのその白い紙袋には、シンプルな黒い文字で「多喜屋」とプリントされている。
「ど、どうして健次郎がそんなものを? ……う、おっ! いつものと違うではありませんか……!」
三國が紙袋の中から取りだしたいちご大福を、杉元の目の前で見せつけるようにして持つ。杉元の視線はいちご大福に釘付けだった。その様子を見て、三國がニヤリと笑う。
「いきつけの飲み屋にここのオーナーが来てな。お前があんたんとこのいちご大福を愛してるって言ったら、特別に試作品をくれたんだよ」
「な……何ですって……?」
「この世に一つだけ。お前だけのいちご大福だ」
杉元は目の前に突き出されたいちご大福を見て、生唾を飲み込んだ。
手のひらにすっぽりとおさまる白い大福の上に、大きなとちおとめが二粒乗っていたからだ。周囲にうっすらとした透明な湯葉のようなものが巻かれており、素人目にもそのいちご大福は異色なものに映るだろう。だが、杉元の目にはまた違った映像が映し出されていたのだ。
触れずとも分かる、弾力性のある生地。きめ細やかな白い肌は、まるで乙女の柔肌そのものだった。
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