隠されていた事件

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「何でも、昔は覆面レスラーとかで活躍してたらしいけどよ。大怪我して、心機一転、甘味屋を開いたんだと。なかなか名前を教えねえ理由はそれだったらしくてな。ずっこけたのなんの。頑固でキレやすい、面倒な親父らしい」  はははと横山が笑う。  これでもう一つの疑問が解けた。西谷の死因は背後から後頭部を殴られたことによる脳挫傷だったが、よほど強い力で殴りつけられなければ頭蓋骨は割れない。最初はバットのような凶器を想定していたが、プロレスラーならそれほど大きくないものでも骨を砕くほどの力を出せるはずだからだ。 「もう一度資料を見させてもらってもいいですか?」 「好きにしろよ。俺は昼飯食ってくっから」  階段を降りていく横山に礼を述べると、杉元は捜査課に向かい、先ほど松樹と一緒に見ていたファイルを手に取って読み返す。  数分後、杉元は自分の直感がさらに裏付けられたことを肌で感じていた。記憶を取り戻した重症の男性は、和洋菓子本舗で例のセットを食べたと話していることが記載されていたからだ。  間違いない。資料をデスクに置くと、杉元は一階の交通課へと戻ってノートパソコンを開き、ブラウザで和洋菓子本舗が掲載されているレビューサイトを片っ端から見ていった。どこのサイトでも点数は真ん中からやや上ぐらいで、評判は上々だったものの――口コミのコメントを見ていくと、おいしいという評価の中に、まずい、食えたものじゃないという投稿もちらほらと見つかった。  それほど数は多くないものの、短気な元プロレスラーがこの書き込みを見て激怒する姿は想像に難くない。来店した客が料理の写真をスマホで撮影し、何か操作しているのを見て勘違いしたとしても無理はないのだ。  杉元はスーツの上着からスマホを取り出して三國に電話をかけた。だが、繋がらない。横山の携帯にもかけてみたが、食事中は親が死んでも電話に出ないと前に言っていたのを思い出して諦める。  腕時計に目を落とすと、まだ十二時半を回ったところだった。行って帰ってきても充分間に合うと踏んだ杉元は、署を出て駐車場に向かい、自分の車に乗り込んで日暮里へと走らせる。五分ほどして着いた駅近くのコインパーキングに車を停めると、和洋菓子本舗へ小走りに駆けていった。
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