隠されていた事件

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 通りを渡って裏路地へ入り、二回ほど曲がった先にあるガラス張りの店舗を遠目に見つめた杉元は足を止め、確認するとため息をついて、すぐに引き返して、ビルの影に隠れた。 「やはりいましたか……」  カウンターで支払いを済ませているらしい、白いスカートにグレーのパーカーを着た女性。その長い後ろ髪が尻尾のように揺れている。白いリボンとオレンジ色の大きなキャリーバッグは、間違いなく松樹だった。  様子を伺っていると、レジを担当している中年の女性と何か話し込んでいた。家族経営だと言っていたので、おそらく店主の妻なのだろう。事件について聞き込みでもしているのだろうか。  しかし何も得るものがなかったらしく、話し終えた松樹は財布をリュックにしまうと、キャリーバッグを引きながら店を出てきた。そして辺りを見回し、駅に向かってゆっくりと路地を歩いて行く。杉元は松樹に気付かれないよう、さらに体を隠してその行方を見守った。  一つ目の角を曲がる。人影はない。ガラガラというキャスターの音だけが、冬の路地裏に響いている。  すると、中年の男が店内のカウンターを通って店の外へと出てきた。ジーンズに黒いジャンバーを着ており、手にしていたサングラスをかける。身長は百八十センチを軽く超えており、体格もかなりいい。元プロレスラーの店主だろう。  ジーンズのポケットに両手を突っ込んで、松樹の後を追う男。杉元はそこから少し距離をとって二人を追跡した。  いつなのか。タイミングを間違えてしまえば、松樹の生命に危険が及ぶのだ。しかし、何もアクションがないうちに確保はできない。もどかしい気持ちをぐっと抑えながら、二人の後を追う。  松樹が次の角を曲がった。店主がやや速度を早めて歩く。杉元も足音を立てないように電柱の死角を利用して二人を視界に収めた。路地には誰もいない。奥のT字路で車が行き交うのが見えた。この道が襲撃できる最後のチャンスになる。――まずい。そう思った次の瞬間、店主は駆け出していた。杉元も走ったが、間に合いそうにない。 「伏せてください!」そう叫ぶと、声に驚いて振り返った松樹が、店主の姿を見て悲鳴を上げながら座り込んだ。「やめなさい!」  杉元に気づき振り向いた店主は一瞬逡巡したように足を止めると、ジャンバーの中に隠し持っていた太いすりこぎ棒のようなものを片手に、杉元へと襲いかかってきた。
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