隠されていた事件

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 松樹が杉元の顔を指さす。 「う、動けていまふから、大丈夫でふよ……」杉元はスーツのポケットからハンカチを取り出して鼻にあてがうと、また暴れないようにと店主の体をうつ伏せにさせてその背中へ馬乗りになった。 「わ、和洋菓子本舗の店主で間違いありませんね?」 「う、うん。やっぱりそうだったのね」 「やっぱりと言うことは、わざと囮になったのですね? 特定のメニューを頼んでいた相手をこうして殴り殺しに来ることを知っていて」 「ううん。でも、そうなのかなって思って……チャレンジしてみたの。まさか、こんなことになるなんて……」  勇敢だ。だが、浅はかでもある。それは自分も同じだと思って、杉元はため息をつきながらスマホを取り出して電話をかけた。  やはりつながらなかった三國と横山に代わり、駅前の交番に勤務している後輩の福屋を呼んで店主に手錠をかけさせると、救急車を呼んでもらった。なぜ自分も一緒に連れて行かないのかと愚痴っていた松樹とは病院で合流するよう、応援でやってきた巡査に託して、杉元と福屋は店主を救急車に乗せると、中野にある警察病院へと向かわせた。 「しっかし、こんなことに巻き込まれてるとは……全然知らなかったっス。ところで、鼻血、止まったっスか?」  揺れる救急車の中。失神している店主にかけた手錠を押さえながら、福屋は心配そうに杉元を見つめていた。 「どうでしょうか……」  鼻に当てていたガーゼを外す。止まったように思えたが、すぐにまた熱いものが垂れてきた。救急隊員が替えのガーゼを当てなおして、杉元の顎を少し上げるように手を添えた。 「まだですね。どうやら鼻の骨が折れているかも知れません。しばらく、そのままにしておいてください」 「ふぁい」  その情けない声に、福屋が笑いそうになるのをこらえているのが見えた。それも仕方ないと杉元は心の中で嘆く。とっさに店主を殴ることのできなかった自分を情けないと感じていたからだ。  三十分後。搬送された中野の警察病院で手当を受けていると、三國が青い顔をしてやってきた。着信には気づいていたものの折り返すタイミングを逃してしまい、署からの連絡で杉元が連続通り魔に襲われたと聞いて駆けつけたのだという。 「そうだったのか……それにしても、鼻だけで済んで良かった」  処置室で医師の手当を受けながら事の経緯を説明すると、三國がほっと胸をなでおろす。
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