キャリーバッグ女といちご大福男

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 そっと、優しく触れないとすぐに崩れてしまうだろう。その上に、白い片栗粉が薄く、だがしっかりとまぶされている。まるで化粧だ。そのままでも十分な美しさをたたえるその姿に、白粉は儚さと凛とした強さを感じさせる情緒といったものを浮かび上がらせていた。  杉元の意識が一瞬にして飛ぶ。次の瞬間に見えたのは、女性の朝粧の姿だった。  小鳥たちの鳴き声が聞こえてくる、朝日の射し込む畳の間。そこで和服の白衣を着た女性が正座をしている。  彼女は白衣の上をはだけると、前に置いた木製のたらいで手ぬぐいを濡らし、顔を、首筋を、胸元を、ゆっくりと拭った。  そして、長い髪をたらいに浸し、両手の指で丁寧に梳いていく。朝日がその雫をきらめかせている。  杉元はその美しさに見とれていた。少し切れ長なその目。意思のはっきりと読み取れる眉。細い肩から延びるすらりとした腕に、無駄な肉のついていないくびれと、そこからなだらかにカーブを描く腰のライン。  何よりも杉元の目を奪ったのは、大きくはないがはっきりと分かる胸の双丘と、その先端についている小さなつぼみだった。  杉元は誰の目から見ても分かるほど、明らかに興奮していた。彼にとっていちご大福はただの和菓子ではない。愛すべき対象であり、欲情を覚える相手になるのだ。  三國が悪戯に左右へ揺さぶると、杉元の両目がそれを追う。 「欲しくねえのか?」 「う……あ……」  杉元が目を虚ろにさせながら手を延ばす。三國はその指先をすり抜けるようにしていちご大福を紙袋に戻した。 「手伝ってくれるんだな?」  杉元の中で理性という名の天使と欲望という名の悪魔が戦っている。だが、天使はあっさりと一発KOされてしまった。 「わ、分かりました。何でもしますので、その子を……」 「よーし、取引成立だな。それじゃ来てくれ。課長も了解済みだから大丈夫だ」  三國が紙袋を手に署の外へ向かったのを見て、我に返った杉元もリュックを手にその後を追う。どこへ行くのかも分からないまま駐車場に停めてあった公用車に乗り込むと、三國は車を、署の前を走る明治通りへと出した。  混む西日暮里の駅前を抜け、千駄木から本駒込を通ってたどり着いたのは、大塚にある東京都監察医務院だった。
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