隠されていた事件

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「……ああ、それだけだ。それだけだよ!」今度は懇願するように木崎が声を張り上げる。「だから早く帰してくれ! これであやが死んだらお前らのせいだからな!」 「悪いが、帰すことはできない」三國が冷たく言い放つ。「あんたは娘を誘拐された被害者かも知れんが、公務員に怪我させた加害者でもあるんだ。娘さんの誘拐については署に連絡して応援を寄越してもらう。店にも連絡するぞ」 「ふざけんなよ!」木崎が激昂して立ち上がると、手錠で繋がったベッドが持ち上がって浮いた。「お前らに捕まったのをあいつらが見てたらどうなるか分かんねえだろうが! お前、本気で娘を殺させる気か! そしたらお前もそいつも、皆殺しにしてやる!」  睨み合う両者。これは難しいケースだ。木崎の言うことにも一理ある。杉元が目線を送ると、三國はその場で署に連絡をし、木崎の扱いについての指示を仰いだ。  それからが大変だった。  すぐに刑事課長が警察病院へとやってきて自ら木崎に事情聴取を行い、捜査本部のお偉方と電話で協議を始め、連続通り魔事件の捜査本部がそのまま誘拐事件も引き継ぐことになったからだ。  その数時間だけ、処置室はスーツ姿の男たちで溢れかえるという異様な状況になった。  そして急遽設置された誘拐対策班が木崎を和洋菓子本舗へと連れて行きながら犯人の詳細な情報を聞き出しつつ、さらに別動班は連続通り魔の正体が木崎だという証拠集めに動き出した。  最初の進展は、木崎の再逮捕だった。重症を負った男性の英会話テキストが店舗の奥にある自宅から発見されたのだ。  この頃には捜査本部の慌ただしい動きに気づいた一部の記者たちも、連続通り魔事件の犯人と誘拐事件について嗅ぎつけていたらしい。だが、略取されたのが未成年者ということもあって報道規制が敷かれ、関係者の間にはいつになく張り詰めた空気が流れ出した。  その誘拐事件も動きを見せる。誘拐対策班が一緒に待つ木崎の自宅に、犯人から連絡があったのだ。それは明日の金曜日に改めて取引を行い、それが完遂できれば娘を無事に解放するというものだった。  娘の無事は電話を通じて声を聞き確認したものの、取引の方法は追って連絡するという犯人主導の展開に、関係者はさらに苛立ちを募らせていった。
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