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「つまり、杉元はその好奇心を満たすためだけに組織のルールを無視して事に当たり、事態を複雑化して事件を広げてしまったと認めたわけだな?」
「はい。その通りです」
「本当にいいんだな?」
湯島が杉元を見つめてくる。その眼差しは心を抉るかのように鋭かった。
この場を収めるためだけの方便ではない。直接的な引き金を引いたのは、被害者が同じメニューを食べていたことに気づいて勝手に動き出した自分の行動にあったのだ。
松樹が勝手にしたことだと責任逃れができたかも知れない。だが、そうなれば松樹が情報を得た経緯を説明せねばならず、それは捜査に一般人を同行させたことになり三國の将来を危うくさせかねないのだ。
それだけは避けなければならない。親友を自分と同じ目に遭わせてはならないのだ。
「……はい」
「ずいぶん迷ったように見えたが。言いたいことでもあるんじゃないのか?」
「いえ、ありません」
杉元がはっきりと湯島を見つめ返すと、彼は眉を潜めた。
「……いつ見ても気に食わん目だな。言いたいことがあれば素直に言え」
視線が交錯する。こうして会話を交わしたのは、湯島がこの荒川中央警察署にやってきてから初めてのはずだった。
過去にそんな目を向けたことがあったのだろうか。
「いえ、言いたいことはありません」
「……分かった」
鼻を鳴らしながら、湯島は自分の席に腰を下ろして課長を見据えた。
「杉元には三日休みをやれ。その間に君と私で杉元の今後について協議する。刑事課も交えてだ」そして杉元を見やる。「忘れるなよ? 事件は生き物だ。常に動いている。だが、警察も組織という生き物だ。統率された手足が的確に動けば地域の治安は維持され、さらに向上する。だが、手足が勝手に動けば転ぶんだ。そこを肝に命じておけ」
そして出て行けとばかりに不機嫌そうにしながら手を振った湯島に対して、杉元と課長は敬礼して署長室を後にした。
一階へと降りる間、杉元は課長に対して感謝の言葉を繰り返し述べた。それは、これまで自分に対してしてくれた様々な便宜に対する礼のつもりだった。そして、それが思わぬ事態に発展してしまい、巻き込んでしまったことの詫びも入れる。
課長は自分たちが好んでやったことだと言ってくれたが、それでも杉元は、今後は過去のことを忘れて交通課の仕事だけに注力すると宣言して、再び課長に深く頭を下げると署を後にした。
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