隠されていた事件

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 午後六時を過ぎた荒川の街は陽が暮れて、ヘッドライトを点けた車が目の前の明治通りを行き交っている。  暗い中を駐車場へと歩きながら、杉元は自分に言い聞かせていた。これで良かったのだ。もう個人でどうこうできる範囲を超えている。何より、もう誰にも迷惑はかけられない――と。  自分の車を見つけてキーのリモコンでロックを解除すると、ウィンカーのライトに大きなキャリーバッグと小さな人影が照らしだされた。 「……どこ行ってたのよ!」 「松樹さんですか」  どこまでもついてまわるその様はまるで死神だと、杉元は思わず笑ってしまった。 「松樹さんですか、じゃないわよ。病院に連れてってもらったら、事情があって今は会わせらんないって言われて待ちぼうけになって――しばらくしたらその刑事もどっか行っちゃって。あんたたちに電話しても出ないし。結局ここに戻ってきてすんごい待ってたんだから」  どうやらご立腹らしく、唇を尖らせて杉元を睨めつけていた。怒るのも無理はない。そうさせたのは他でもない自分だ。  しかし、杉元はどこか他人事のように感じてしまっていた。 「本当に……本当に色々あったのです」 「バタバタしてんのは分かってるわよ」ゆっくりと近づいてきた杉元の、その疲れきった顔を見て松樹がトーンを落とす。「でもさ、どうしてあんたは三國さんと一緒に捜査してないの? 木崎さんはどうなったの? あ、そうそう。怪我は大丈夫?」  最後に自分のことを心配してくれたあたり、まだジャーナリストとして配慮を見せてくれているのだろう。また苦笑いした杉元は車に乗り込まず、そのボンネットに腰かけた。 「……まず、店主の木崎さんは僕へ暴行した現行犯での逮捕となりました。ですが、今は監視付きという条件で自宅のある店舗へと帰っております。和洋菓子本舗で何があったのかは言えませんし、僕が三國の捜査に同行しない理由は署長から休暇を言い渡されたためです。あ、最後に。鼻は折れてましたが見ての通り大丈夫です」 「え? 鼻折れてたの? ってか休暇ってどういうこと?」松樹が目をぱちくりさせる。「もしかして、やらかしたから謹慎処分になったってことなの?」  杉元は自嘲気味に笑いながら頷いた。 「内部的にはそういう扱いです。この三日間で僕の処分を決めるそうですよ」 「どうして? だって、木崎さんが通り魔だったってことが分かったんでしょ?」
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