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「だから、駅まで送ってって言ってるの。それぐらいしてもらってもいいでしょ? 今日は荷物がいっぱいでこれが重たいんだから」
と、キャリーバッグがあるらしい場所を指さしている。
「僕はタクシーでもあなたの専属運転手でもないのですよ?」
「どうせ明日から休みで暇になるんでしょ? それにほら、これ」と、松樹は杉元に白いスカートの尻を見せる。そこには血がべったりとついていた。「あんたの顔に乗っちゃった時についたの。こんなカッコで出歩きたくないのよ。だから」
顔に乗れと言った覚えはない。そもそも、そうさせた一端を担っているのは誰なのか。またそんな呪詛が出そうになったのをぐっと堪える。
「何よ、私にさんざんお世話になったって言ってたじゃない。送るぐらいのお礼してくれたっていいでしょ?」
このまま駐車場で騒がれたら、痴情のもつれを署に持ち込んだと言われて、それこそ今日この場で解雇されかねない。
「分かりました。……では、どうぞ」
ドアロックを外すと、後部座席にキャリーバッグを押し込んだ松樹がタオルを敷いた助手席に勢い良く腰を下ろした。
「一つ言っておきますが、和洋菓子本舗には行きませんので」
「そんなこと思っちゃいないわよ。そうじゃなくて、あんたの家って新三河島なんでしょ? そこの駅前でいいからさ」
「はあ。ネットカフェはありませんが、いいのですか?」
「いいのよ。電車で千葉方面に移動するから」
どうやら何も企んではいないらしい。とりあえずと、杉元は車を駐車場から出して明治通りを新三河島へ走らせた。
「も一回聞くわね。前に何があったの?」
「絶対に言いません」
「んじゃ、ちょこっとだけ教えて。和洋菓子本舗で何があったの?」
「それも言えないと言っているではないですか」
松樹がぐうと唸る。どうせそんなことだろうと思っていたのだ。少しでもいいからヒントを聞き出すための時間稼ぎ。
「元気ないわね」
何の脈絡もなく、そう言いながら松樹が顔を覗きこんでくる。
「それはそうでしょう。これから停職になるか免職になるか……どちらにしろ処分を受ける身なのですから。この状況ではしゃげる神経は持ちあわせておりません」
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