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「何よ、人をあげらんないほど汚いの?」
「そうではありません。実家暮らしなので、家族に面倒をかけたくないだけです」
「あっそう。それじゃ……いい店あるからそこ行きましょ」
「は?」
引きずられるようにして、杉元は松樹がよく通っているという飲み屋へと強制的に連れて行かれることになった。
入ったのは福助という居酒屋で、カウンターが五席、座敷が二席という狭い店だった。二人の先客と話していた若い女将が、松樹の姿を見て顔をほころばせる。
「松ちゃん、いらっしゃい。久しぶりねー」
「あ、ユーコさん。お邪魔します。座敷上がらせてもらいますね」
「はいはい、どうぞー」
「お水とウコンがあったらお願いします。私は、んー……一ノ蔵と唐揚げにサラダ盛り合わせで」
「はいはーい」
松樹に促され座敷に上がった杉元は、奥のテーブルに腰を下ろしてあぐらをかいた。壁にかかっているテレビではバラエティ番組が流れているらしく、笑い声が聞こえてくる。それに混じってくるのは、カウンターにいる二人の男性客の会話だ。話の内容から、一人は整体師で、もう一人は介護業界の人らしい。
女将が持ってきた水をあおり、ウコンを飲み干し、水を飲み干したあたりで、杉元はようやく咳とぐらつく頭が治まることができて、ひときわ大きなため息をついた。
「どうよ、落ち着いた?」
「……随分な真似をしてくれたではありませんか……」
嬉しそうな松樹を見て今度は頭痛がしだした杉元は、こめかみを押さえながら糸目をさらに細くして彼女を見据える。そんな視線など気にすることなく、松樹は長い髪の毛を指先ですきながら、日本酒を半分ほど飲み干して頷いた。
「さて、聞かせてもらいましょうか。あんたがどうして交通課でくすぶることになったのか」
もう逃れられそうにない。こんな状態で街をふらつきたくはなかったし、それに――と杉元は息を呑んだ。
言ってしまいたい自分がいることに驚いていたのだ。このはた迷惑で破天荒な言動をする女性に、どこか心を許しかけている。そんな気持ちが背中を押してしまった。
「口外しないと約束していただけますか?」
「そんなこと分かってるわよ。事件のことだってどこにも書いてないでしょ?」
本当だろうかとは思いながらも、その目を信じて、杉元は何をどう話そうかと考えながら口を開いた。
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