隠されていた事件

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 生まれてから祖父と父とはすれ違いばかりだった。母親は幼い頃に亡くなっていたため、祖母に何度も問いかけたことがある。「どうしてみんな一緒にごはんを食べられないの?」返ってくる答えはいつも同じだった。「大事な仕事は時間を選べないのよ」  時には夜中に帰ってきたり、かと思えば三日も留守にしたり。そんな祖父と父の仕事を垣間見たのは、小学三年生の時だった。  生まれて初めて父兄参観日に父親が来た時のこと。いいところを見せようと張り切っていた矢先、校内に刃物を持った男が闖入するという事件が起きてしまった。止めに入った教師が切りつけられ、生徒が刺されてしまったその状況に、校内はパニックへと陥った。  そんな中、父親は周囲に子供を連れて非常口から逃げるよう声をかけながら、闖入者へと立ち向かっていったのだ。  腕を切りつけられながらも格闘し男を取り押さえた父親の姿は、幼い杉元にとってテレビに出てくるどんなヒーローよりも格好良く、そして逞しく映った。その時に、祖母の言葉を理解したのだ。家族だけではなく、そこに住む人々の暮らしを守るという仕事の大切さと大変さを。  そんな父と祖父の背中を見て警官への道を志し、高校を出て試験を受け警察学校へと通い、卒業して配属されたのは――父と同じ荒川中央警察署管内の交番だった。  これから経験を積んで父親と同じ刑事になろう。そう考えながら日々の交番業務に励み、地域の人たちにも顔を覚えられながら、やっと仕事にも慣れてきた真夏のある夜中にそれは起きた。 「巡回から帰ってきたところを、五人の少年に襲われたのです。少年といっても何人かは成人だったそうですが……彼らは、僕の拳銃を奪おうとしてきました」 「取られちゃったの?」 「いえ。応戦して……やむなく一人に発砲までして、何とか守り切りました。ですが、四人が重傷を負うことになりまして、それが問題になったのです」 「問題? だって正当防衛じゃない。何で騒がれたわけ? 発砲したから?」 「……丸腰の少年に対してやりすぎだという非難を受けました。メディアや地域の方々からは暴力巡査だと、憂さ晴らしを兼ねた過剰な防衛だったと糾弾されたのです」  二杯目の日本酒を飲み干した松樹が眉を潜める。 「丸腰の相手に撃ったの?」
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