第1章

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 牛革でシンプルな作りをしてるんだけど、仕事で使えるようにってA4のファイルがきちんと収まる大きさでポケットもたくさんついてて、それでいて型にはまっていないデザインがすごく大好きなお気に入りのバッグなの。  トートバッグだけど蓋代わりの生地がへの字型になってて、それがおじさんによくいる七三みたいな髪型だったから付けた名前が「シチサン」。  我ながらネーミングセンスがないと思うけど、それしか思いつかなかったのよ。 「まさかバッグが喋るとか、そんなことないわよね……」  恐る恐るシチサンを手に取る。別におかしいところはない……はず。 「やっぱり声が聞こえているようだ。初めまして、になるのかな? ひより、俺はシチサンだ」  げ、ホントにバッグが喋ってる。 「……どういうこと?」 「本当に聞こえているのですね! 理由はありませんのよ、ひより。わたくしの声も聞こえていて?」 「あ、う、うん。その変なお嬢様みたいな話し方は……もしかしてタテロール?」  次はテーブルに置いてあるタテロールを取った。 「変なお嬢様なんて失礼ですわね。でも正解ですわ。わたくしはタテロールですの。初めまして、ひより」  両手に持ってるこの子たちが話してるの? いや――落ち着くの、落ち着くのよ、ひより。バッグが人の言葉を話すとか有り得ないでしょ? そんなものは映画かマンガの世界でしかないのよ。  これはきっと、あたしの中にいる別人格の声なの。前にテレビで、小さい男の子と大人の女性の二人がいるって男の人のドキュメンタリーがやってたじゃない。朝は女の人になっててお化粧をしたり、夜は子供になって無邪気におもちゃで遊んだり。  きっとそれよ。かなり重たい病気だとかで、真っ当な社会生活が送れないって言ってたっけ。そんな病気にかかっただけでも大変なのに、しかも変なお嬢様の人格が出てくるとかどんな罰ゲームよ。 「バッグが喋る? そんなことないない……お風呂やめてきちんと寝ましょ」  よーし。今のなし、なしなし、気のせい、疲れてるのよ。体もだるいし。
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