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「もしかしてこれは幻聴で心の声、つまり心疾患だと思っているんだろう? まあ、ひよりが疑うのも無理はない。普通のヒトだったら俺たちの声が聞こえるはずはないからな。そして、ヒトは普通じゃない現象に遭遇するとそれを受け止められずにフィクションだとして思考から切り離す。そうして心の安寧を図るのだ。脳がオーバーヒートしないように」
へえ、そうなんだ。なんて、悠長に感心してる場合じゃない。シチサンがあたしの別人格なら、あたしの知らないことを言えるはずがない。だって、記憶と知識はあたしのものがベースになってるはずでしょ? ――つまり、シチサンはあたしじゃない。
「ほ、ホントにシチサンが喋ってんの?」
「だからそうだと言っているだろう?」
「だって、口とかないじゃない」
あたしとしては真面目な質問だったのに、シチサンが感情のこもってなさそうな乾いた笑い声を立ててくる。
「前から知ってはいたが、やっぱりひよりは妙なところでリアリズムを求めてくるな。まあ、知的好奇心からの問い掛けかも知れないが。そもそもバッグが話してる時点でリアルではない、ファンタジーなはずだろう?」
何か、嫌なやつ。
「そんな理屈はどうでもいいのよ。で、その原理はどうなの?」
「それは俺にも分からない。こう言うと、ひよりは『やっぱり分からないんじゃない』と言いそうだが……この世には原理が完全に説明できなくても動いていたり存在しているものがたくさんあるだろう? サケがどうやって自分の生まれた川へ戻ってくるのか、地震が起きるメカニズム、どのようにして宇宙が生まれたのか。だが、サケは生まれた川に戻ってくるし、地面は揺れる、そして宇宙はここにある」
こういう説教臭い男の人っているのよね。融通のきかない頭でっかちの雑学マニアで――まさに七三分けしたサラリーマンのおじさんだわ。
「シチサン、ひよりが目を点にさせていますわよ」
「俺の、深みがある言葉に心を打たれているのだろう」
「呆れてるのよ!」誰がそんな話を真面目に聞くかっての。「誰も宇宙の起源なんて聞いてないでしょ? どんなはぐらかし方してくるのかと思ったら、そんなウザい話だったからガッカリだったの。さー、正直に言いなさい!」
タテロールをテーブルに置いたあたしは、シチサンの蓋を開けて化粧品やシステム手帳をかきわけて目的のものを漁った。
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