第1章

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「ひよりのことは良く知っとるよ。自分の世界に入り込まれるのが嫌いじゃろ? 今日来たあの娘とも、本当はもうちょっといたかったはずじゃが、帰らせたしの。そういう性格なのは承知しとる。表面上は親しみやすい言葉と雰囲気である程度の線を引いときながら、ゆっくりゆっくり、自分の引いた線の内側へ入れていく。そうして、ようやっと認めた相手としか付き合えん。新しい人間関係を作るが苦手で将来が心配だと頼子もこぼしとった。まあ、あんなことがあったら当然じゃが……」  オオグチの言葉に、あたしは何も返せなかった。  言われた通り、あたしは人と距離を置いてしまう。相手があたしに対して向けてる好意は本物かどうか、充分に納得した上でじゃないと付き合えない。  分かってるの、あれがトラウマだってことは。  小学校のころにすごく仲の良かった友達がいたずらでクラスメイトのランドセルを隠したことがあったの。ホームルームで先生が犯人探しをしようとしたら「ひよりちゃんがやったの見た」って嘘を言って。本当にびっくりした。先生から問い詰められ、みんなからは白い目で見られて――すごく怖かったのを覚えてる。それから一週間は学校へ行けなかったぐらいの恐怖を味わったの。 「いきなりワシらが話し初めて驚いたのは無理もない。じゃから、突き詰めて考えて理解しようとするんじゃなくて、そのまま、ありのまま受け止めてほしいんじゃ」 「でも、ありのままって……そんな、いきなりできないわよ」 「そうか? ひよりはいつもワシらに話しかけてくれてたじゃろ? 仕事で重要な書類を持たせる時にはシチサンに大事に持っていてくれと。タテロールにはいつかデートに連れていくとも言っとった。沖縄旅行の時には職人の前でワシとはずっと友達だと言ってくれたしの。そいつらが返事をしただけ、その程度でいいと思うがの。そう構える必要はない、今まで一緒にいたわけじゃからな。それに――ワシらはひよりを裏切ることはないじゃろ?」  オオグチのゆっくりとした、でも優しくて力強い言葉に何だか納得してしまったあたし。  実際にこうして言葉を交わしてるわけだし、そもそもバッグたちが話したからってあたしの生活に何か悪いことが起きるわけでもない。  むしろ、一人っきりだった生活が少し楽しくなるんじゃないの? そう考えたら、声が出る理屈なんてどうでも良くなってきた。 「……それもそうね」
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