第1章

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「もちろんですわ。ラズベリーの香りやティーの味わいというものは分かりませんけれど、わたくしが運ばれたロンドン空港の霧は素敵でしたし、コマドリのさえずりは忘れられませもの」  日本からイギリスは十二時間ぐらいかかるんだっけ。それだけの旅をこの子はしてきたのよね。 「って、そうじゃなくて。今から脱ぐんだから見ないでよ」 「ひより、それは無理難題というものだ。俺らは話せるものの、ただのバッグだろう? 目を背こうと動くことができない。と言うより、ひよりの裸なんて今まで散々見てきたわけで今更驚くことでもないしな」 「あんたたちはそうだったかも知れないけど、あたしが恥ずかしいのよ!」  あたしの叫びを聞いてオオグチがカッカッカと笑う。あんたは水戸黄門か。 「まあ、シチサンもそう言うてくれるな。少し年をとったが、ひよりも年頃の女じゃ。意識を背ければ見えなくすることもできるじゃろ? しかし、ひより。風邪をひいてるなら風呂は明日の朝にでもしたほうがいいぞ。今日はこのまま寝て汗をかいたほうがいい」  そういうもんなのか。 「って、目ェつぶれるんじゃない! それにあたしは風邪なんてひかないわよ。今日はちょっと体がだるいだけ」健康だけが取り柄のあたし。風邪なんて認めない。「でもまあ、オオグチがそう言うんならシャワーは明日にしとくわ。もう疲れたし寝るわよ」 「うむ、そうしたほうがいい」  大人しく引き下がったわね。まあ、これからどれぐらいの付き合いになるか分からないし、色々聞きたいことはあるけど──ま、明日でもいいかとユニットバスでスウェットに着替えて戻る。 「ひより、寝る前にお願いがありますの」  タテロールが神妙な声でそう聞いてくる。 「何?」 「明日のパーティには、ぜひわたくしを持っていってくださいませ」 「は?」  タテロールの口調とパーティって単語であたしの頭は舞踏会的な光景が広がった。システムインテグレーターの会社でそんな催しがあるわけでもなく――、 「ああ、明日の女子会のことね。あれはパーティなんてもんじゃなくて、単なる飲み会よ。お酒飲んでおいしいもの食べてお喋りするだけ。それに定時までは会社で仕事なんだから、おでかけ用のタテロールを持って行ったら変に疑われるじゃないの。普通にシチサンで行くわよ」 「ずるいですわ!」  おおう。いきなり叫ぶもんだからびっくりするじゃない。
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