第1章

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「ひより、いつまで独身を続けてるつもりなの? もう三十二歳なのよ? 本厄なのよ? 五百人もいる会社で働いてるって言ってたでしょう、適当なの見繕って早いとこ結婚しちゃいなさい。お父さんを安心させてあげなさいな。あ、孫は男の子でよろしく」  実家からの着信音に深呼吸をして出てみると、案の定――母親の一方的でしょうもない、いつもの説教が耳に飛び込んできた。  面倒くさいなあと思いながらもベッドにあぐらをかいてクッションを抱きつつ、戦闘態勢に入る。 「あのね……男の人はスーパーに並んでる野菜じゃないんだから、適当なのって言うわけにいかないでしょ。しかも何よ、子供は男の子でって……」 「だって今日はこどもの日でしょ? サッカーしてる男の子って可愛くてねえ」  だいたい、あたしの声も状況も確認せずにいきなりそんな要求を突き付けるとかどうなのよ? 「サッカー場通って帰ってきたのね。結婚うんぬんは、またワイドショーでブライダル特集でも見てたんじゃないの?」 「よく分かったわねえ。ほら、もうすぐそういう時期でしょ? さっき見たのはすごかったわよー。何て言ったかしら、オペラ? ミュージカル? ほら、舞台に上がってやるやつあるじゃないの。あんなのでやってたわよ。お母さん、ああいうので式あげたかったわー。できるものなら何回でも結婚したいぐらいよ」  自分の理想を娘に押し付けるのホントやめてよね、と言いたくなるのをぐっとこらえて大きなため息をつく。  外は五月晴れですがすがしい天気の祝日に、そんな気の滅入ることを聞かされるこっちの身にもなってよ。 「だいたい、お母さんだって運命の人だと思ってお父さんと結婚したって言ってたじゃないの」 「アンタ何言ってんの? 運命なんて結婚する理由のうち一割がせいぜい、残りの三割が顔と身長、六割が稼ぎなの」三十五年連れ添ったお父さんに聞かせちゃダメなセリフをさらっと言う母親とか、一般的にどうなのよ。「いつまでも夢見てたってしょうが──」 「ふわっくしゅ!」  また話の矛先があたしに向いてきたところで、くしゃみが一発。鼻をすすると、今度は後ろから洗濯機のアラームが鳴り響いてきた。 「んー……ヨウコが仕事終わったって言ってるから切るわよ」 「ちょっと、待ちなさいひより! ヨウコって洗濯機? まだ名前をつけて──」  携帯の電源ボタンを連打してその声をシャットアウト。
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