第1章

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 なんて場を取り繕うか考えていたら、どこからか老人とお嬢様みたいな声が聞こえてきた。テレビはついてないし――と、芽衣子を見つめる。 「……そんな腹話術使ってまで誤魔化さなくていいわよ。自分でもちょっとおかしいと思ってたんだから」 「ふ、腹話術……? そんなことしてませんよー。ちょっとびっくりしちゃっただけですから」  あたしには「こいつ何言ってくれちゃってんの?」的な気持ちが溢れて声が出たように見えたんだけど。その証拠に、芽衣子があたしの視線を逸らして部屋の中をぐるりと見回ししいた。  六畳一間のワンルームには、テレビとベッド、クローゼットにCDの棚があって、あとは脚の短いテーブル。女にしては割とすっきりした部屋だと思う。 「そこの黒とピンクのハンドバッグはなんて名前なんです?」  と、芽衣子が指さしたのはネットで買ったバッグだった。  底の浅いトートみたいな形で、内と外にポケットがついてるのと、両側についてる巻毛みたいな革のアクセサリが気に入って注文したんだっけ。  イギリスの革なめし職人さんが一から手作りした完全ハンドメイドのバッグで、元々は庭いじりの道具入れとして作られたんだけど色んな用途に使えそうってことで、あたしはお出かけ用のハンドバッグとして使ってるの。 「ふわぁっくしゅ! あー、それはね、タテロール」  今日はやたらくしゃみが出るわね。 「タテロール?」 「ほら、左右についてる細い革がくるくるってしてて、巻き髪みたいに見えるでしょ? バッグの上とそこが同じピンクだし、髪の毛みたいだなってことでタテロール」  うん、分かるよ。芽衣子の顔が「もう何を言ってるのか分からない」って言いたげにしてるのを。 「完全に変態だと思われているようじゃな」 「普段から残念ですのに、さらに残念な感じになってしまいましたわね」  なっ……。 「芽衣子、いくらなんでも変態とか言い過ぎじゃないの?あたしで変態なら世の中の半数以上は変態じゃない」 「え、え……? わ、わたし、何も言ってませんよぉ……」  と、見つめられて気付く。芽衣子が目をうるうるさせている。嘘をついていない証拠だ。知っていながらヘマをやらかした時の「記憶にございません」的な他人事感たっぷりじゃない。 「そ、そっか……」  じゃあ、あの声はなんだったんだろう。
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