第1章

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「大丈夫ですか? あ、これは何て言うんです?」芽衣子が手に取ったのはベッドの端に置いておいたボストンバッグ。「あれ? 重たいですね。ひよりさん、旅行でも行ったんでか? 前から行きたいって言ってた京都ですか?」 「ち、ちょっと!」  ごく普通にファスナーを開けようとする芽衣子を慌てて止める。 「どうしたんです?」 「どうしたんですじゃないわよ! 勝手に開けないの!」  やばいやばい。この中身見られたら、モノに名前つけてる以上にドン引かれて明日からまともに会社行けなくなっちゃうじゃない。 「こいつはオオグチ。ほら、全体的にベージュ色で肌っぽいんだけど、ファスナーの周りだけ赤いでしょ? 口紅っぽく見えるし大きいからオオグチ」 「はあ……」  芽衣子から奪い取ったオオグチを部屋の隅に退避させる。これじゃトイレにも行けないわね。 「これはおばあちゃんの形見なの。あたしが小さいころに買ったらしくてね、もう三十年は一緒に生きてきたんだから」 「三十年ってすごいですー。前も言ってましたけど、ひよりさんってホントに物持ちいいんですね」 「そりゃそうよ。イチロク──テレビはあたしが高校生の時に買ったものだからもう十五年ぐらいになるし、いつも会社に持って行ってるバッグのシチサンは五年目で、一回傷ついちゃったんだけど職人さんにお願いして直してもらったりしてるんだから」 「どうせなら新しいの買っちゃえば良かったんじゃないんですか?」  まあ普通はそう考えるわよね。 「ほら、うちのおばあちゃんって戦後のモノがない時代に育ったわけよ。で、いつもモノを大事にしろって言われ続けてさ、その通りにしてきたの。名前だって意味があって付けてるんだから。モノを大事にするコツはそれに愛情があるかどうかで決まるの。名前を付けたら自然と愛情が出てくるでしょ?」  あまりピンと来ていないらしく芽衣子が首を傾げている。 「まさにその通りですわ。愛なくして世界は成り立ちませんもの!」  と、芽衣子じゃない声がまた聞こえてきた。じっと口元を見てたけど、動いた様子もない。 「ねぇ、今、喋ってないわよね……?」 「え? ええ。ひよりさん、どうしたんです?」 「ううん。何でもないのよ……で、今日はどうしたのさ? 彼氏とデートじゃなかったっけ?」
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