第1章

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「そう、聞いてくださいよ、ひよりさんー」芽衣子が肩をすくめて大きくため息をついた。「ホントだったら今日は一緒にハムスターを見に行く約束だったんですよ。前から飼いたくてここ一ヶ月ぐらいずっとメールしてて、やっと買ってくれるってことになったのに……トラブルがあったとかで休日出勤になっちゃったんですよー」  そんな理由かい、と喉まで出かかって何とか飲み込む。  うちに来るの初めてだし何か相談でもあるのかと思ったのに、ただの愚痴とは恐れ入ったわ。 「ドタキャンされたってわけね。でもウチに来たって何もないわよ? ゲームとか持ってないし──くしゃん」  鼻がムズムズする。 「ゲームはいいですよー。それよりどこか行きません? 天気もいいし……ほら、ひよりさんが前に欲しがってたソファーを見に行きましょうよ。ついでにおいしいものでも」  最後のが本命ってことね。何にお金使ってるのか知らないけど、彼氏にたかる予定が消えたからその矛先をあたしに向けてきたのか。 「ゲームって……これがこの前テレビで話していた『枯れたオンナ』というものですわね」 「ちょっと! まだ枯れてないわよ!」  反射的にそう叫んでしまい、はっと我に帰ると芽衣子が目を丸くさせてあたしを見つめていた。 「ど、どうしたんです、ひよりさん? まさか幻聴とか……?」 「ち、違うわよ」  そうは否定したこしののもこの状況じゃ説得力がないな。それに、本当に声が聞こえるし。 「なんかこう……くしゃみも出るし体もちょっとダルい感じだし、風邪かしら? 家でぼーっとしてたいのよね。それで家でゆっくりしてようかなって思って。でもまだ枯れてないわよって考えてたら口に出ちゃっただけ」 「風邪ですか? ひよりさんが?」  何とも苦しい言い訳を信じてくれたらしい芽衣子がニヤニヤ笑っていた。 「そりゃあたしだって風邪ぐらいひくわよ」 「明日、雪でも降るんじゃないんですか?」 「んー、そうかもね……はっくしゅ!」  言い過ぎよとツッコめないのは理由があるから。あたしは生まれてこのかた、病気というものをしたことがない。超がつくぐらいの健康優良児で、この年になるまで病欠なんてしたことがないわけよ。 「そうですかー。それは残念。明日もありますしね。今日はこの辺で失礼します。お大事にしてください」 「ごめんねー」
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