第1章

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 目をこすりつつよーく部屋の中を見渡してみたら、どうやらつけっぱなしで寝ちゃったようで──明かりのない空間をうすぼんやりとテレビの液晶ディスプレイの光が照らしていたのに気づいた。写ってるのは女性二人の漫才で、コントをやっているらしく観客の笑い声が聞こえてくる。  とりあえずお風呂でも入って暖まってからまた寝ちゃおうと、ベッドから降りてリモコンでテレビを消し大きく伸びをすると――、 「失礼ですわね。そこの三流コメディアンとわたくしを一緒にするとは」  また声が聞こえてきた。何かこう──アニメに出てくるステレオタイプのお嬢様キャラみたいな、そんな感じのトーン。  隣には誰も住んでいないはず。電気を点けて部屋の中をぐるっと見回してみたけど、やっぱり人の姿は見えなかった。そう言えばと気づいて慌てて玄関の鍵を閉めにいって、はっと気づく。勝手に忍び込まれた? まさか、女のストーカー?  そう言えば、ベッドの下とかクローゼットの中とかに殺人鬼が潜んでたって都市伝説があったわね。  思わず息を飲んだ。襲われちゃう。武器は?――と、部屋を見回してみたけどそんなものがあるはずもなく、角なら痛いだろうとプログラミング言語のぶ厚い参考書を片手に玄関への通路を背に立つ。 「だ、誰よ! 出てきなさい!」  あたしの声が部屋に響きわたる。 「シチサン。もしかして、ひよりはわたくしたちを犯罪者か何かだと思っているようですわ」 「そのようだな。しかも本を武器にするとは……玄関の傘を持ち出さないあたりいつも通りヌけている」  今度は青年っぽいやや固い感じの男の声が聞こえてきた。害意はないみたい。だとしたら、やっぱり幻聴なのかしら。ってか、ヌけてるとか失礼極まりないわね。 「……いったいどうなってんのよ」  生まれて初めてお世話になる病院が心療内科で、病名が心の病気とか嫌すぎる。 「だいたい、シチサンって誰よ? ん? 今、シチサンって言った?」  その単語に聞き覚えがあったあたしは、クローゼットの脇にぶら下げているトートバッグを見た。  大学の卒業旅行で沖縄へ行った時、空港で偶然知り合った鞄職人さんと話をしてたら「そこまでモノを大事にする人を見たことがない」って盛り上がっちゃって、そんな縁で生地からハンドメイドで作ってもらったのがこのシチサン。
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