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一
午前一時。
プラント・リサーチ・ジャパンの本社ビル一階は、静まり返っていた。
フロアを十字に通っている通路は暗く、明かりが灯されていない。
北西の総務部にあるドアと南東の休憩室からは光が漏れており、灰色の床がうっすらと照らしだされていた。
総務部のドアから出てきた浅川は黒いパンプスの音を廊下に響かせながら、あくびが出そうになった口を片手で覆いつつ、十字路を超え、対角線上にある休憩室を見つめた。
細く整えられた眉の下にある、やや釣り上がり気味な目を細める。
「誰かいるのね……」
グレーのパンツとU字ネックの白いシャツの裾を直し、肩ぐらいまでに伸ばした黒髪に軽く触れつつ、休憩室へ近づいていく。
ドアを開けると、三つある丸テーブルのうち手前のほうに座っている男性の姿が見えた。
グレーのスーツ上下に、白いワイシャツの襟。
だが、組んだ腕の中に頭を突っ伏している、その顔までは見えなかった。
浅川は男性を起こさないようにゆっくりとした足取りで、部屋の左側に置かれている自販機へと進み、アイスコーヒーのボタンを押す。
セットされた紙コップにコーヒーが注がれていくその音が、静かな室内へと広がっていく。
取り出して一口つけると、そのまま男性を迂回して逃げるようにドアへ向かおうとして──足をテーブルにぶつけた。
テーブルの端に置かれていたガラスのコップが落ちて割れる。
「ん……」
涼しげで鼻筋の通った顔立ちの男性は、やぶにらみをした目をこすりながら起きた。
短い髪をかきながら両腕を宙に伸ばしている。
「ごめんなさい、起こしちゃって」
「いえいえ……」
浅川は手にしていた紙コップをテーブルに置くと、休憩室の隅に置かれている流し台の扉を開けて、中から不燃物のゴミ袋を取り出した。
「紀野さんの……ではないですよね?」
テーブルにはもう一つ、握りつぶされた紙コップが置いてある。
紀野と呼ばれた男性は状況を把握するようにあたりを見回し、割れたコップの存在に気付いた。
「あ、ええ。誰のだか知りませんが……俺が来る前からあったと思います」
「そうですか」
浅川は中腰になりつつ、割れたコップの破片を拾ってゴミ袋へと入れ始める。
「……紀野さんも徹夜ですか?」
「ええ……あ、手伝いますよ」
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