一

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 ようやく頭の中がはっきりしてきたのだろう、紀野は椅子から腰を上げると、浅川と一緒にコップの破片を拾い始めた。 「ええと……すいません、お名前は──」 「総務部の浅川です。あたしも半期の決算で、書類の整理がなかなか終わらなくて」 「そうなんですか。俺もシステムの構築が思うように進まなくて……十月には一旦完成させないと……」  二人は同時にため息をついて、苦笑した。 「よし、終わりっと。ありがとうございます。コップはあたしが処理しておきますから」 「ええ、お願いします」  浅川がゴミ袋を脇に置いて椅子に座ると、紀野は自販機で二杯目となるアイスコーヒーを買って同じテーブルについた。 「総務部も大変なんですね」 「そうなんですよ。帳簿と計算が合わなくて……勝手に辻褄合わせするわけにもいきませんし」  紀野がアイスコーヒーをすすると、休憩室のドアが開いてもう一人の女性が入ってきた。 「あれ……人がいる」  その女性が、二人を交互に見つめて呟く。  紀野と浅川の視線が注がれた。  濃いグリーンのチノパンに黒いTシャツ姿で白衣を羽織っており、身長はやや小さめで、遠目からは高校生ぐらいにも見える。  ショートボブを軽く内巻きにさせており、そのタレ目は傍から見ると眠そうに感じられた。 「こんばんは。弥生も徹夜なの?」  浅川が軽く右手を挙げる。 「そうなの。研究のまとめが終わらなくて。こっちの人は?」  と、その女性に指差された紀野が、浅く会釈をした。 「俺はシステム部の紀野って言います。白衣って言うことは、プラント部の方ですか?」 「そう。私はプラント一課の近江だよお。扶美とは同期なんだ。よろしくねえ」  近江は無表情のままのんびりとした口調で挨拶をすると、自販機で緑茶を買い二人のいるテーブルについた。 「みんな、忙しいんだねえ」  プラント・リサーチ・ジャパン社は、都市での野菜栽培を研究し、実際に野菜を育てて販売まで行うバイオベンチャー企業だった。  ここ葛西の本社ビルでは、全社のシステムを集中管理するサーバーが置かれており、また核となる栽培技術の研究開発を行っている。  他には渋谷と練馬にもビルがあり、二つの事業所では実際の栽培と販売を担当していた。 「俺はあまり詳しくないんですが、研究は大変そうですね」  紀野がアイスコーヒーを半分ほど飲みそう聞くと、近江が子供のように何度も頷いて答えた。
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