第1章

3/4
前へ
/4ページ
次へ
 考えれば、その研究が恐ろしいものだというのは理解できる。そのディスクを聞いたものは、みな同じ記憶を持つことになる。同じ両親の元に産まれ、同じ学校に通い、同じ所で同じ相手とデートした者がたくさん出る、というあり得ない事が起こるのだ。  もっとも、記憶上だけでの話だが。記憶上だけでの話なのだが、その本人はそれを本当の記憶として生きて行くのだ。  ともあれ、研究が中止されたことにより、巷の話題にのぼる事も少なくなり、人々は忘れていった。  俺達が苦労しているのは、どうやらその研究のせいらしい。一年前に逮捕した窃盗犯が、記憶を売ったと証言したのだ。売った相手は『あの研究所』だった。  それからだ。その窃盗犯と同じ記憶を持つ被疑者が増えたのは。どこかで、窃盗犯の記憶のディスクが出回っているとしか思えない。  「どうやら。ネットでダウンロードできるらしいぞ」  ネット犯罪課の課長が俺達に言いに来た。  「ネットで?で、見つかったんですか?そのサイトは?」  「いや、まだだ」  「早いとこ見つけて下さいよ。うんざりなんですよ、もう」  相棒が力なく訴える。俺も全く同じ意見だ  とその時、俺の携帯が鳴る。  「いまどこだ? 署内? また窃盗したと自首してきた者がいる。また連続窃盗犯だ。一応調書とってくれ」  電話口から聞こえたのは上司の声だった。上司の声も、どことなく元気がない。上司も俺たち同様に疲れているのだろう。  「何だって?」  相棒が尋ねる。  「まただってよ」  俺はため息交じりに答えた。そのディスクを処分しない限り、ずっとこの様な事が続くのだろう。  心身ともに疲れた俺と相棒は、たまには息抜きするかってことで、居酒屋で一杯やることにした。  「ところで、お前はなぜ刑事に?」  相棒が俺に酌をしながら聞いた。  「俺か? 俺は本当は捜査一課の刑事(でか)になりたいんだ。昔、TVドラマを見て憧れてってやつだ。ありきたりだろう?」  俺は照れ隠しで自嘲気味に笑いながら答えた。  「お、奇遇だな! 俺もなんだ。俺はザ・刑事魂ってドラマを見てだ」  相棒が懐かしむように言う。俺は何か違和感を覚えた。  「俺も同じだ。だが、よく知ってるな。そのドラマって人気がなかったのか、すぐに終わったやつだぞ」
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加