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「火?」
「迎え火よ。無いのならこの提灯を貸すわよ」
何処からともなく彼女は私の家の家紋がついた提灯を渡してくれた。ただ、手から手ではなく、提灯は浮いた状態で、尚且つ火が灯してあった。そこにどこからか甲高い汽笛が聞こえ、その聞こえた方向を振り向いた。列車のタイフォン(空気圧式の警笛)ではない、明らかにそれは蒸気機関車の物だ。
「昔は馬だったけど、今は移動手段も便利になったわ。前はキハ57系だったけど今回は人が多いから8620型に客車ね。そのうち新幹線なんかになるんじゃないかしら」
彼女がそう言っていると本当に8620型蒸気機関車がやってきた。蒸気機関車の中ではコンパクトとは言われているが近くで見るとやはりその黒く凛々しい体は大きい。だが客車が十両編成でホームに入りきらない。
「おっと」
彼女はそう言った途端、列車二両分しか止まれない筈の小さなホームが草しか生えてない空地方面へ線路沿いに伸び始め、全員が降車出来る長さになった。
「さぁ、あなたの大切な人が降りてくるわよ」
彼女は相変わらず本を読み続けている。
客車の扉が開くとぞろぞろと様々な装束の老若男女が降りてきては雑談をしながら其々の大切な人が待つ家へと駅舎を通っては消えていく光景を渡しは只々眺めていた。
「よう哲夫。お前、まだ独り身か?早く嫁さん貰えよ」
独特の白髪の禿げ頭の父さんだった、そうだ今年は13回忌だった。
「お迎え御苦労だな。然もどういう風の吹き回しだ、こんな場所に迎え火なんか持ってきて。父さん、いつもお前の住む東京のマンションまで行くの大変なんだぞ。でも今年は嬉しいよ」
ああ、私も嬉しいよ、御盆って本当に大切な人が来てくれているなんて思ってなかったんだから。
Fin.
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