プロローグ

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 若干薄い灰色をした厚い雲が空を覆い尽くし、地平線までに満たされた頭上からは寒さがゆっくりと降って来る。曇天といえば曇天だが、大雨が予測されるような重苦しさはなく、鼻で感じる空気にも雨の気配はない。むしろ寒さからくる刺激が鼻孔を抜けて目を覚ます方が余程印象深い。そんな寒空の下で一人歩いている者がいた。  エメラルドグリーンのローブを着込み、フードを深く被って顔を隠しつつも、腰から下の前部が大きく開けた正面からはひどく寒そうな素足が覗いている。薄褐色の腿は血色がよくいたって健康そうだが、周りからすれば無駄に寒そうな格好をして不思議な人間だと思うだろう。  腰には一振の短い鉄剣が提げられ、ローブの全面から突き出た鍔と後ろでローブの裾を持ち上げる鞘がその存在を誇張する。彼女が戦士であることは傍から見て誰でもわかることだが、その身長は百五十マータ程しかなく、どう見ても子供の身長の人物がそんな物騒なものを持っている絵は好ましいものではない。 「……」  周囲の有象無象から好奇の目で見られていることを自覚しながらも気には止めず、足を止めて肌に、脚に感じる寒気と乾燥した空気に小さく呟く。 「ここでも、雪は降るのだな」  低く抑えた小さな声。遠巻きに眺めて来る人間達には聞こえはしないはずだ。視線を下げ、再び前へと足を運ぶ。  ここへ辿り着くまでどれだけの時間を費やしただろうか。一年? 二年? いや、もっとだ。ずっと、ずっとずっと彼を追って、彼を求めて世界中を歩き回った。故郷の者達から引き留められながらも一人で飛び出し、自分のために外の世界で必死に戦っている彼を追いかけた。少しでも情報を得るために他所の人間と話をし、故郷を捨てた放浪者、トリートに身を落とし、それでもあの人に会えると信じて頑張り続けてきた。  だが、それも今日で終わり。 「あ、旅の人だー!」  後ろから飛んで来た子供のはしゃぎ声。さらに続く二つの駆け音にフードの下で小さく舌打ちする。 「初めましてだよね? 何しにここに来たの?」 「剣を持ってるってことは騎士になりに来たの?」  武器を持つトリートに近づくことの危険性をまるで理解していなさそうな男女の子供達が目線より少し下から見上げて来る。外見からして十年かそこら生きた程度の子供か。
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