消えぬ心の恋の記憶

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放課後、今乙原は図書室にいる。 俺があいつに好かれるためには図書室に行き、乙原が今手を伸ばしているであろう本棚の一番高い所にある本を取ってやる必要がある。 まるで二流脚本家が描いた安いドラマやベタな展開を踏襲し続ける小説家の小説の様な内容に俺はそれを行動に移すのが恥ずかしく思っていた。 図書室の入り口のドアの動きが鈍く、左右にスライドさせるのには少しコツがあるらしい。 俺は一生懸命にドアの隙間を広げて、身をよじりながら図書室に入った。 (たくっ、直しとけよ) そんなことを思いながら、俺は乙原の姿を探した。 乙原は俺の視線の前にいた。 俺のほうをチラッとだけ見て、でもすぐに本を取るのにご執心のようだった。 この頃の俺と乙原は同じクラスのクラスメイトなだけで、殆ど面識(メンシキ)はなく話したことなどない。 気にも留めないことは当然なのだ。 俺もこんな出来事は記憶にない。 当然だ。 過去に俺は乙原とこんな出会い方をしてはいないのだから。 これは新たに作られる過去だ。 俺がここの世界に来てから常に離すことなく持っている本。 『追憶の記(ツイオクノシルシ)』 これが記す事を守って行動しないと俺が今を犠牲にしてまで過去に生きる意味はなくなってしまうのだ。 変な恥じらいで乙原との過去を台無しにするわけにはいかなかった。 俺は乙原に歩いて近づき声をかけた。 「その本、俺が取ろうか?」 小柄な体格の乙原は踏み台に乗っても本まであと少しという所で本に手が届かないでいた。 童顔なせいもあってか社会人になっても酒の席で乙原は未成年に間違えられることが度々あった。 子供っぽい所は昔から変わらないと思っていたけど、この頃の乙原はもっとおどけなくて、熱された飴細工の様な心を感じた。 その初々しさが俺の事を少しだけ舞い上がらせる。 俺が声を掛けたことに乙原は割と素直な反応を示した。 「有難う。お願いしていい?」 「いいよ」 俺は手を伸ばして、「この緑色の本でいいの?」と乙原に聞く。 「うん。それ」 乙原の読もうとしていた本のタイトルは『人体の構造を紐解く』だ。 だいぶ古めの本のようで長く誰も手にしてないことがよくわかるほど本は埃っぽかった。
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