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夏の日は長い。この山に囲まれた町の中でも16時の空は夕方とは呼べない空色だ。昼が長く、一瞬の真っ赤な夕焼けのあとにすぐ濃紺の空がやってくる。
校舎を照らす太陽はまだ輝いていて、廊下にそって並ぶ窓から見える空の色は水色だった。
用事の済んだナツは校舎の中、玄関へ向かう廊下を歩いた。夏休みの校舎は、職員室から離れていく程静けさを増し、物寂しさをかき集めたように冷たい空気が窓の無い階段の踊り場に溜まっているようだ。
「ナツちゃん」
降りかけた階段でナツは足を止めた。
振り返るがそこには誰も居ない。
もう一度呼ばれた気がした。そこでぼんやりとした頭は爽やかな夏の風が吹き抜けたようにすっきりしたのである。そこには誰も立っていないのだが、ナツの頭の中、記憶の中にその声の人物は確かに居た。
すっきりという表現はもしかしたら間違っているのかも知れない、なぜならその人物が誰かということはナツ自身にも思い出せていない。
それでも、ナツはすっきりしたのだ。
まるで呼ばれることが当たり前のようで、あぁそうかと納得するようにナツは階段を上がりはじめた。何者かわからないものに呼ばれたのではない、その声に導かれるように階段をあがっていくことが正しいように感じていた。
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