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今なんて…?……違う、そんな訳無い。
私自身が別れたいと思っていると決めつけられた言い分には、動揺する自分がいて、確かに胸が痛んだ。いつの間にか皮膚にガラス片が刺さっていて、血が滲み出してようやく気が付けた程度の傷だ。その傷は、私の心をじわじわと侵食していく。
「ごめんなさい」
別れたいって言っているように見えるなら仕方ない。謝ってしまえば彼の言っている事が正しいと肯定する事になるが、どう思われるかなど、既にどうでもよくなっていた。
「分かった」
いつもの珈琲の代金を静かにテーブルに置いた。彼は至って冷静で、音も立てずに立ち上がったかと思うと蔑んだ目で見つめてきた。お前なんて好きになるんじゃなかったという台詞が、瞳の奥に伺える。
「連絡先消しといて。じゃ」
「分かった」
ありがとう、さようなら…と、少しだけ傷の付いた心が、口に出すのを拒む。そう口を開きかけてはいたものの、本心は、やっと何度目かの嵐が去ったと安心していた。自分でも、面倒くさい別れ話を切り出される事になるのは分かっているのに、よくも飽きずに新しい彼氏を作ろうと思えるなと感心する。
彼が店を出るのを確認すると同時に、携帯電話を開いた。
連絡先を消せなんて言われたのは今日が初めてだな…。
連絡先を削除します、よろしいですか?と聞いてきた携帯に、何の躊躇も無くはいと答えた。この際、今まで付き合ったきた人の連絡先もまとめて消しておこうかと思った時、ガラス製のコップが割れる音が店内に響き渡り、フロアの雰囲気を作り出すBGMのピアノジャズだけが客席に残された。
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