第1章

5/7
前へ
/14ページ
次へ
 口論を続ける二人のテーブルに着くと、男の前で足を止め、女の方には目もくれず、まじまじと見つめてみた。見つめるというよりは、睨むという言い方をした方が正しいかもしれない。  間近で見ると、それはそれは容姿端麗で、一対一で話をしたならきっと誰もが虜になる。女たらしというボロが出なければ、非の打ち所が無い男性なのだろう。世の中にはきっと、こういう惜しい人がたくさんいるんだろうな、としみじみ思った。  あんた何なの?などという女の声はかろうじて聞こえていたが、そんなものは私が気に留めるものでは無かった。 「私と付き合ってよ」  私はワイシャツの胸ぐらを掴み、ぐっと彼の顔を引き寄せると、彼の唇に自分の唇を重ねた。周囲のざわめきが耳に心地よく、高揚感に酔いしれた。  振られていくうちにだんだんおかしくなってて、今日完全にいくつものネジが外れたのかもしれない。  私は実に滑稽な女だ。  修羅場の最中にも関わらず、突如現れた見知らぬ女に彼氏の唇を奪われ怒りに震えた彼女は、すぐに彼と私を引き離して、私の胸ぐらに掴みかかった。泣いている上に金切り声なので、何を言っているのかさっぱり分からない。とりあえず何か言い返さないとと思って、もう別れるんだから関係無いでしょ、と発した言葉が地雷になったらしい。直後に、もはやモスキート音レベルの声が私の耳に響いた。髪を鷲掴みにされ乱されて、脳震盪を起こすんじゃないかと思えるくらいの衝撃を与えられたのは当然の報いだ。  付き合った人と一生長続きする事が無いなら生きる価値は無いし、死ねるならここで死んでもいいかな…なんて思った。 「何してんの!」  彼の、おそらく恋人に対する声が脳全体に響いた。  突然キスをしてきた訳の分からない女に腹を立てたものの、自分の代わりに彼女が怒りをぶつけ始めたそれを眺めていたが、さすがにこれ以上はまずいと思って止めに入ったんだろう。彼女想いで羨ましい…なんて一瞬思った。だが、恋人に想われている人が羨ましい事なんて今まで生きてきた中で一度も無かったと、心の中で笑った。  今度は彼女の方と引き離され、手首を掴まれて、最後に一発?止めを刺されるかと身構えた瞬間。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加