第1章

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「行くよ!」 「…え?」  何が起きたのか理解出来なかった。言った瞬間、彼は店を飛び出し、どこへ行こうというのか私の手を引いて走り続けた。手を強く握られている感覚も、その手から伝わってくる熱も、全てが新鮮で、その新鮮さに胸が高鳴るのを感じた。胸がときめくというのは、きっとこういう感覚の事を言うんだろう。 「なんで飛び出したりしたの?」 「んー…わかんない」  カフェを出てしばらく走ったところにある公園の芝生に腰を下ろした私は、寝そべって呼吸を整えている彼の返事を待った。 「君を守る為かな」  恥ずかしそうな素振りも見せずに、爽やかな笑顔で彼は言った。  こういうかっこよさげな、キザだったりする言葉を言ってしまえるから、夢中になる女の子がたくさんいるんだろう。  世の中には馬鹿みたいな男がいるものだと思い、阿呆らしいと呟いた。 「あのままあそこにいたら今頃大怪我してたかもしれないのに」 「あんな事するのに、無事でいたいって思う方がおかしいでしょ。病院送りにされるかもっては思ってた」  むしろ病院送りにされたいから、あんな行動を起こしたのだろうと思う。 「でもまあ、男の人に手を引かれて街中走るなんて、恋愛ドラマみたいで楽しかっ…」  楽しかったと言い終えかけていたその口は、彼の唇によって塞がれた。すぐに飛び退いたが、目を丸くされてさらに動揺する。何?と声を荒げて、口を覆い隠した。 「いや、可愛くてつい。…っていうか、君の方がだいぶ大胆な事してくれてるんだけど?」  それとこれとは話が別でとしようの無い言い訳を始めようとした時、やっと、カフェにいた、つい先刻の自分の頭のおかしさに気が付いた。どこかに飛んで行っていた頭のネジが、一気に戻ってきたらしい。病院送りにされていないのは良かったが、今ここに無事でいられているせいで、余計に恥ずかしい。穴があったら入りたいとはまさにこの事だなと、熱を上げる顔と反対に、冷静に思えたのが不思議に思えた。 「じゃあなんであんな事?」  正気に戻った今、理由を考えてそれを口にするのは、またすごく恥ずかしい事だが、彼と同類の頭がおかしい奴だと勘違いされるままになるのは御免だ。自分の中に、そういう行動を起こせる部分があるのは否定できないが。
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