第1章

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「どうしても貴方と付き合ってみたかったんだと思う。キスしたら、その相手が可愛く見えるようになるんだって。私なら、貴方の浮気を許してあげられるよ」  何を偉そうに、この上なく私らしくない事を口走っているのか。  好きかも、という四文字が微かに聞こえた後、また唇を重ねられた。もう動揺なんてしないし、ただただ呆れるだけだ。 「じゃあ今ので三倍くらい俺がかっこよく見えるようになった訳だ?」 「そういうのは言わなくていい」  上辺だと分かるような笑顔を浮かべてみると、釣られに来たように見せて釣れない子ってなかなかいなくて新しいな…と呟いた。その言葉は少々気にかかるものだったが、彼がイカれているのはカフェの時点で分かっていたから、特に気にとめる事でも無いと判断した。 「そういえば名前は?俺は皆川暁」 「堤仁華」 「仁華ね。今日から俺の一番目のお姫様にします」 「はい。どうぞよろしく」  少し胸がざわついたが、そのざわつきが何から沸き起こるものなのか分からなかった。でも、浮気していいからなんて言っている時点で、自分の決断を正当化できないのは分かっている。心の中に出来る多少のしこりを気にしていては、この関係は成り立たない。 「…っていうか、彼氏と一緒じゃなかったっけ?」  その質問は今更すぎて、なんで知っているのかと聞き返してみた。  店に入るとすぐさま店員から客まで確認できるところは見回した暁は、私が好みの子だと目星をつけたが、あろうことか彼氏連れで、悲しみに暮れていたそうだ。修羅場になる気配も察知せずにそんな事をしてしまえるなんて、あの演説の通り本当に全世界の異性を愛しているのだなと、呆れを通り越して感心する。 「別れたの。っていうか相手の浮気は気にするんだ?」  別れ際の温度差や破局の原因は全く違えど、同じ場所で別れ話をしていた私は正直に言った。 「俺のになってくれるのは嬉しいけど、他に彼氏がいたら申し訳無いでしょ」  かっこいいじゃんと一瞬は思ったものの、その無駄な律儀さを相手の身になって交際に生かしてくれないものかと思っていた。まあ、この私にはそんな今の彼がちょうどよくて、満たされた気持ちで彼の横顔を眺めていた。  彼は、この時の私が自分のような男なら誰でも良かったのを、私は、彼が女の子なら誰でも良かったのを、きっと同じように理解していた。
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