第1章~Spring~

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 ギュッと握りしめた花びらがとてもあたかかくて。  今日の晩ご飯は由姫のお祝いのためか、好物のハンバーグだった。  でも、どうしてだろう。今までにないくらいご飯が喉に通らなくて。こんなこと受験勉強でもならなかったのに、おかしいと思う間もなく、母が 「はじめての学校で緊張したのね。でも、わかるけど、ご飯はちゃんと食べなさいね」  と、やさしく声をかけてくれたから、そうか、ただ緊張していただけなのかと納得してしまった。  ――頭のなかは桜の花びらが、思い浮かんでは、離れなかった。  まるで水面に浮かぶ花びらのように、くるり、くるりと。思考が転回していた。  学習机の上においていた桜の花びら。  それをずっとながめていたけれども、この花びらはいつしか枯れてしまうから。だから、しおりにしようと思った。  大切に、とっておきたかった。  なぜ、と自分でも思うけれど。せっかくもらった桜の花びらがうれしかっただけだ。それ以外の意味などないはずなのに。  なのに、先輩の顔が浮かんでいて。――親友に言えないことがまたひとつ増えた、と。  眠りにつく前に、ふと思った。    ちゅんちゅん、と、すずめのさえずりがする。  朝の光がゆるやかに少女を覚醒へと、目覚めさしてゆく。 (……眠たい……起きたくないなあ)  学校に行くのが嫌というわけではなく、ただ、眠たいのだ。  ふとんのなかでうごうごとからだを動かした。でも、しかたがないと思って、からだを起こし、ぐーと伸びをする。  うきうき、どきどきする朝のはじまりでいつもとおなじだというのに、なのに、今日も朝ごはんがあまりとおらなかった。  由姫の好きなふわふわの手づくりの食パンにバターとはちみつをかけて、牛乳たっぷりのカフェオレだというのに。  なぜだろう。あまり食べられないのだ。 「…おかしいわねえ、由姫の好きなハニートーストなのに。朝ごはんはあまり食べれないとしても、全部食べきれないのは本当にめずらしいわあ。大丈夫なの? ほら、もっと食べなさい」  と母は、由姫のお皿にトーストを追加しようとする。  その行為を止めるためと、また母に言われる前に、今度は自分で結論を出した。――うん、制服のはずだ。
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