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(……慣れているはずなんだけどなあ……)
そう、だ。魅怜とは一年も異国で離ればなれになったはずだ。
それまでは幼小学校、中学校も一緒だったけれど、彼女は途中からいなくなってしまった。そのときにはじめて由姫は気づいたのだ。どれだけ魅怜に自分は依存していて、ほかにいらないと思っていたのか。あのとき、自分のちいさな手のひらからいなくなってしまった途方もなく大切な存在と、虚無さに――愕然としたことを今でも思いだす。
(わたし、浮かれていたかも)
魅怜とおなじ高校に受かって、おなじクラスにもなれて本当にうれしかった。
だから、忘れていたのだ。
――あの覚悟を。
もの思いにいくらふけっていたのだろう。気づいたら魅怜が自分を呼んでいた。おいで、おいで、と、手を引いている。
「由姫! ちょっとこっちにきて!!」
魅怜の日本人にはあまりいない天然の薄茶色の髪が光っている。高校デビューをほんの少しするのだといって、前髪を伸ばし分けているから、綺麗な額があらわになっていた。彼女は、額すらも綺麗だった。
「……うん、どうしたの?」
魅怜がだれかに由姫を紹介しようとするのはとてもめずらしかった。
小走りにするようにふたりに近づいて、由姫はちいさな首をかしげた。
「あのね、こちらのかた陸上部の先輩なんだけど、あたしをスカウトしてくれててね……あたし、陸上部に入ろうかなって思ってるの」
この少女が部活に入ろうと考えること自体、めずらしい。というか、
(よっぽど、このひとのことが気にいったんだろうな)
先輩も魅怜とおなじくらいに、とても綺麗なひとだった。陸上部と聞くと、あ、やっぱり! と思ってしまうような標準な身長なのに長い手足が印象的で、黒目がちなおおきな綺麗な瞳を持っているひとだった。
小鹿をしみじみと連想させてくれる。
ひとの好き嫌いが激しく、いったん嫌だと思ったらてこでも引かない彼女だ。ひとはひと、自分は自分。運動が好きでも、上下関係というものが入り人間というものががわずらわしいと思ったら、迷いなく部活に入る道を選ばなかった彼女であるから
「そっかあ、よかったねえ」
にっこり、と。親友がようやく部活というものを楽しめる場所を見つけられたことを喜んで、微笑んだ。
すると小鹿のような先輩はあごで綺麗に切りそろえられた髪を揺らし、微笑み返してくれた。
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