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雪が好きだった。わたしの名前とおなじだから。
でも、いつからだっただろう。自分の名前が嫌いになると同じように、あんなにも春に焦がれたのは。
手に届かないものを好きになるんじゃなかった。……いや、人は手に届かないからこそ、こんなにも狂おしく、焦がれるのだろうか。
――十六歳。まだ、答えは出ない。
「春待ちの姫君」
~Princess awaiting spring~
べピーピンクのマフラーがふわりと揺れる。
白一色の世界と、彼女の長い黒髪が揺れるそのさまが、まるでひとつの絵のようだった。
緊張のあまり頬をすこし赤く染めて、すっぅと息を大きく吸い込み、少女は一歩踏み出した――そのときだった。
「……えっ!」
ドンと、思いっきり押されたのだ。
少女のからだは前のめりになった。うそ、とすら思ったけれど、そのまま前に倒れてゆく――はずだったのに、少女の小柄なからだはだれかに抱きしめられていた。――イイ匂いがした。ふわりと、香る、さわやかな香り。ムスクと呼ばれる香りだろうか。ふと、心があたたかくなるような、やさしい香りだった。
「大丈夫か?」
ずいぶんと高いところから声が聞こえた。頭上を見上げるように顔を上げると、端正な顔がそこにあった。
(……綺麗な、ひと……)
吸い込まれそうな瞳を持っているひとだった。ビー玉のようにキラキラしている瞳を持っていて、まるで吸いついたように、その瞳から目が離せなかった。
そのひとは少女のからだをパタパタと、なぜかはたいてくれた。
「ったく、あいつらもいくら合格発表だからって、ひとを押しのけてまで行くものかよ。ぜってー落ちてるぜ、そういうやつは」
ぶつぶつとずいぶんぶっそうなことを言うひとだと思った。少女はキョトキョトと目を瞬かせる。
(…てか、わたしも落ちていたらどうしよう……)
ドキドキと張り裂けそうだった胸が、もう破裂する寸前だ。
なのに、まともに異性と触れあったことがない自分にとっては、この不思議な男性との距離は殺人的に近い。
(いろんな意味で、どうしよう。でも、このひとって私を助けてくれたんだよね……)
お礼を言わなければならない、と。わかっているのに、頭がパニックでぐるぐるになっていて、言葉が出ない。
でも、その人はそのことをわかっているのか、当然のように笑って、言った。
「お前も合格発表を見たいんだろう。大丈夫。絶対に受かってるよ」
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