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おいで、と。
彼は少女の手を取った。掲示板を見ようと、歩き出して。少女はいきなりのことによたよたとついていくように、歩いていく。
「…あの、」
その、と。言葉をつむぐ前に、彼は言った。
「そうだ、名前は? 俺の名前は、太陽。漢字もそのまま太陽って言うんだ。まっ、太陽先輩って言ってくれよ」
振り向いた、その顔が、まるで太陽のひとだと思った。
雪が降る。ひらひら、と。まるで花びらのように。彼のまわりだけ、なぜか雪が光っているような気がした。
その雪に照らされるようにして、少女は口を開いた。
「ゆき――わたしの場合は漢字が違うんですけど、由姫っていうんです」
太陽先輩。と、口にした言葉がざらりと飴のように、甘く、こべりつくようにして離れなかった。
なんだか新しい言葉な気がして。大切な言葉な気がして――。
どうしたんだろう、と思っても、わからなかった。
「ゆき、かあ。いい名前だな!」
二カッと笑うひとだった。本当に太陽みたいなひとで。雪がキラキラと光る。わたしも光れるような気がした。
光れるが、いつのまにか惹かれるになっていたのは覚えてないけれど。今思うと、もうこのころには惹かれていたのだろうか。――出会ったときから。
素直な賛辞になれていなくて、ありがとうございますの代わりに、頭をちいさく下げた。
すると彼はちいさな子どもにするように、由姫のあたまをくしゃりと撫でた。そのしぐさが、当然のようで拒否できなかった。
彼は当たり前のように、由姫の心をさらった。
慣れなれしいと感じる態度でも、ナンパのようでもなくて。彼は当たり前のように、そんなことができるひとだった。
わたしにだけ特別と思いたかったけれど。でも、彼には特別なひとがいたから、まわりを気にしなくて、したいようにできていたのだ。
丸ごと好きだった。全部、全部、すべて。
「うっしゃ、探そうぜ!絶対受かってるからな! 大丈夫」
「はい!」
あのときも、このときも、そうだ。彼の手のひらのなかにはすべて光り輝くものがあると、信じていて。その笑顔は無性にあたたかくて、涙が出そうになった。
日だまりのようでいて。切なかったのだ、ずっと。
掲示板を見た。今日、この日のためだけにどれほど勉強して、我慢をしただろう。
ドキドキする。もう、先ほどから胸が自分のものじゃないみたいだ。
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